7月11日(木)進取の気風No.81 「中学校訪問」
曇り後雨最高気温30度。特編授業2日目。以前、本校の教員からいただいた茄子の苗木をプランターに植えて大事に育ててきましたが、大きな実になってきました。水やりは私の日課であり、自分で育てた茄子をどのようにして食べようかと楽しみにしています。
さて、今週の月曜日と火曜日を中心に加須市内にある8つの中学校を訪問しました。学校案内を持参して不動岡高校のPRをするためですが、校長先生方と直接お会いして情報交換ができる機会はとても貴重です。今は働き方改革もあって先生方の負担を軽減するため、学校案内は各中学校に郵送しています。しかしながら、猛暑の中でありましたが、市内の中学校だけは私が持って行くことにしました。
私は加須市立昭和中学校の卒業生でもあります。男子全員が坊主の時代です。実家は加須幼稚園の近くにあり、毎日近所の友達と歩いて登校しました。今から思うとそこそこの距離ですが、当時は遠いと感じたことはありませんでした。会の川沿いにある正門から入ると随分懐かしい気持ちになりました。校歌もまだ覚えています。中学からバスケットボールを始め、3年生で部長、郡大会では常に優勝、でも県大会では1回戦負けでした。高校でもバスケットボールを続け、東部地区優勝、県大会ベスト4で関東大会出場、選抜選手に選ばれるなどの活躍ができたのも昭和中で良き顧問の先生と仲間に出会えたからです。そう言えば、生徒会長もやりました。公約を設けないという異例の演説をしました。生徒会長として昭和中のためにできることは全てやるので1つ1つを公約には掲げないという理屈でしたが、生意気盛りでしたね。足の骨折も2回しました。おかげで松葉杖の扱いが上手くなり、両足を地面につけずに松葉杖だけで歩行する技も身につけました。つまらないこともよく覚えています。
私の頃の昭和中はたしか1学年9クラスあり、昭和中から不動岡高校に50人くらいは行っていたと思います。当時は加須市内の中学校は昭和中、西中、東中、北中の4校でしたが、加須市内から大勢、地元である不動岡高校に進学していました。しかし、現在では学区制の廃止、少子化や私立の中高一貫校の影響で市内からの進学者はずいぶんと減りました。羽生方面からの進学者も減ったので今では駐輪場はかなり余裕のある状態です。
埼玉県が出している市町村別将来人口推計ツールを使うと各市町村の人口(0~19歳)の推移がわかります。2020年を100とした時の10年後、20年後、30年後の指数が示されます。加須市においては、2030年が81.4、2040年が66.2、2050年が56.5です。4月の職員会議で本校に通学する各市の指数をまとめた表を先生方に示しました。現在、不動岡高校では1学年9クラス規模ですが、近い将来クラス減になるだろう。クラス減になれば教員数も減る。教員数が減れば様々な教育活動に支障が出てくる。まずは今まで以上に生徒募集に力を入れましょう、そして中学生から選ばれるために不動岡高校の魅力を前面に出せる学校にしましょうと言いました。「伝統がある、施設が良い」だけでは生徒募集はうまくいかなくなってきます。もちろん、今までも、そして今でも不動岡高校の先生方は生徒のためによく頑張ってくれています。そのことに関しては何の不満もありません。大切なことは、管理職を含め教職員全員が一丸となること、不動岡高校での3年間で生徒たちにどんな資質・能力を育成するか、そのためにはどうすればよいかを具体的に考えて教職員全員で行動に移し、そして、結果を出していくことです。すぐに結果が出ないことは承知していまが、今、行動に移さなければ、10年後、20年後、30年後の不動岡の先生方に申し訳が立ちません。
まずは生徒募集からです。公式インスタグラム導入もHPでは出せない生徒の生き生きとした姿や先生方の様子を見ていただき不動岡高校の良さをより知ってもらうことが狙いです。私の中学校訪問もその1つなのです。