校長日誌

不動岡高校 校長日誌2024「進取の気風」

5月24日(金)進取の気風No.45 「千方神社」

 晴れ後曇り最高気温31度。とうとう30度を超えてしまいました。今日は40分7時間の日程でした。先生方は採点で大忙しです。中間考査のテスト返しが中心だったと思いますが、不動岡生の皆さん、いかがでしたか?もう見たくない点数であったとしても、がっかりしてうな垂れている暇があったら、わからなかった個所を今のうちに絶対に確認しておいてください。学校祭が終わった後にやれば良いなんて甘い考えは禁物です。取りこぼしをしないように今頑張っておくと本当に後で楽ですから。もし返却されたテストの点数にショックを受けたらNo.42を読んでください。勇気が湧いてくるはずです。

 この後の予定ですが、27日(月)も40分3時間でテスト返し、その後、大掃除。28日(火)は備品移動と開会式・表彰式、29日(水)は準備と市中パレード、30日(木)が体育祭、31日(金)が終日文化祭準備、6月1日(土)と2日(日)が文化祭、3日(月)は午前中片付け、5,6時間目は気持ちを切り替えて授業、4日(火)と5日(水)は代休です。今日も午後から出張ですので午前の途中から不在となります。開会式や体育祭の選手宣誓では校長を巻き込む計画があるらしく打ち合わせや練習?の時間が必要なようですが、27日(月)に頑張ります。それにしても、なかなかハードな日程です。週間天気予報も気になるところですね。また疲れが一気に溜まる時期ですので体調管理には十分気をつけてください。加えて、県内ではじわじわと新型コロナとインフル感染者が増えています。体育祭や文化祭当日だけではなく準備や片付け等においても、換気・手洗い・うがい等の基本的な感染対策を怠らないようにしてください。昨年度は、県内で6月上旬から出席停止措置人数、臨時休業措置件数が増加し、学校閉鎖に至る事例もありました。本校もその一つです。今年はそうならないように一人一人が気をつけましょう。

 さて、市中パレードは加須駅近くになる千方神社が出発地となります。千方神社は古くからこの地にあり、旧加須村の鎮守だったようです。「千方(ちかた)」という名は、あの百足退治や平将門討伐で知られる藤原秀郷(ひでさと)の六男藤原千方に由来しており、父の秀郷同様、この地方で仁政をしいた功績により鎮守千方大神として祀られたそうです。平将門の乱があった頃ですから平安中期ですね。そんな由緒正しい神社だったとはつゆ知らず、私は小さい頃からこの千方神社でよく遊んだり、初詣でに来たりしていました。小学生の時も放課後になるとみんなでこの千方神社に集まって、野球をしたり、泥警(ドロケー)をしたり、暗くなるまで遊んでいました。決まった時間になると紙芝居のおじさんが自転車でやって来て、「黄金バット」のような古い紙芝居をやってみせてくれました。おじさんが作る駄菓子も安くて美味しく、子供たちで長蛇の列でしたね。やんちゃな子供がまだ沢山いた昭和の時代でした。

 文化祭前に行う市中パレードも不動岡高校伝統の行事で、クラスで準備をしている間に応援部や吹奏楽部、生徒会役員たちがパレードをしていました。あの頃もクラスの代表が参加していました。教室で「いってらっしゃーい!」「いってきまーす!」という会話が交わされていたのを覚えています。駅前からパチンコ三楽に続く一本道は昔の商店街で「とりせん」がまだあった時代です。町中に人も多くいてパレードは盛り上がっていたようです。応援部の練り歩くような行進は伝統ですが、現在の私では十歩進むのもきついでしょう。時代は変わり、街並みも変わりました。しかしながら、変化の激しいこの時代に不動岡生が変わらぬものを残し、受け継いでくれています。ありがたいことです。鎮守千方大神も見守ってくれているような気がします。

5月23日(木)進取の気風No.44「加須弁」

 曇り後晴れ最高気温26度。中間考査最終日、最後の試験が終わった後の安堵の叫び声が聞こえてきそうです。今日から部活動再開。午後、出張先から学校に戻りました(決裁文書の山でした!)が、いつもの放課後の「音」と「声」が戻りました。そして、いよいよ体育祭と文化祭の準備が本格的に始まります。中間考査が終わったばかりでお疲れでしょうが、これからが不動岡生のエネルギー最大出力ですよ!

 さて、生まれも育ちも加須だった私に「文明の衝突」が起こったのは不動岡高校入学後です。「言葉」が違うのです。語尾が違う、イントネーションが違う、言葉自体が違う…。加須で生きてきたので自分が加須弁をしゃべっている意識はありませんでしたが、羽生出身者と行田出身者の言葉は加須のそれとは異なっており、不動岡高校内ではそれぞれの訛りの縄張りのようなものがありました。とはいえ、加須・羽生・行田の言葉は似通っているところも多いので縄張り争いのようなものには発展しませんでしたが、この3つの地域を一緒くたにして小馬鹿にしてきたのは春日部出身者でした。この辺りでは、「そうなの?」は「そーなん?」が共通語ですが、春日部出身者は「草南?草加南高校のこと?」と聞き返してくるのです。わかっているくせに聞き返してくるとは!今でも覚えているのは1年3組の同級生だったH君です。運動部だった彼もテスト一週間前は部活動がないので早く家に帰ることができます。授業が終わって放課になる頃に、H君は教室で大きな声で、「はぁ、けーんべやー!」と叫びました。すると周りから「けーんべぇー、けーんべぇー」の声。春日部出身者は何事が起ったのかという顔をしていました。

 またもや、校長室の本棚にある本を発見しました。「北埼玉地方の方言 加藤剛」2005年10月発行とあります。加藤剛さんは昭和5年に当時の三俣村生まれの方です。大学生の時に地元の方言を卒業論文にしたことが始まりで中学校で教鞭を執りながら埼玉県北東部の方言の研究をされていたようです。加藤氏の本はあいうえお順に方言が並べられており、まるで辞典のようです。同じ加須でも私の母の実家があった水深の方ではまた違います。私は小さい頃、母方の祖母が地元の人たちと話している会話は全く分かりませんでした。

 「いら」という副詞は英語のveryに相当する方言です。「いら困る」のように使います。「あさっぱら=朝早く」「いびる=いじめる、からかう」「うっちゃる=捨てる」「おっぺす=圧し潰す」「かっぱぐ=削る」「こわい=嚙み切れない」「ちっと=少し」「でれすけ=なまけもの」「なびる=こすりつける」「は~=もう」「きねえ=来ない」等等。挙げたら切りがないですが、久しぶりに出会った加須弁です。以前は不動岡高校生はいわゆる田舎者が多く、どこか野暮ったい人間の集まりで、誰かしらがイントネーションや語尾が訛っていました。地元から離れて久しく、普段はもちろん標準語ですが、今でも同郷の言葉を聞くと懐かしく感じられます。現在ではメディアも発達し、どこで生まれ、どこで育とうが標準的な言葉を使っています。久しぶりに不動岡高校に戻って気が付いたことは、加須弁が聞こえてこない(聞こえてきない、は加須弁)ということです。現役の不動岡生と直接おしゃべりをする機会は少ないですが、廊下やグランドで交わす不動岡生の会話に加須弁は聞こえてきません。地元出身が少なくなったこともありますが、そもそも「加須弁」を話す人自体が少なくなってきたのでしょう。私は中学時代の友人に会うと敢えて加須弁を使ったりします。そうすると相手も加須弁になってきます。不思議なものです。不思議なことと言えば、当時、さんざん加須弁を小馬鹿にしていた春日部出身者は不動岡高校を卒業する頃には、しっかりと加須弁をマスターしていましたね。

 21日(火)PTA華道サークルがあり、新しい作品を校長室に届けてくださいましたので写真を掲載します。フトイ(太藺)、カラー、ギボウシ(擬宝珠)の作品です。ありがとうございました。

5月22日(水)進取の気風No.43 「山を当てる」

 晴れ後曇り最高気温25度。今日と明日は年に一度、大宮ソニックシティホールで開催される全国高等学校長協会総会・研究協議会に出席しました。大学時代の同級生や研修で一緒だった他県の校長と会えるので毎年楽しみにしています。本日は東京大学生産技術研究所の大島まり教授の講演も聞きました。機会があったらこの講演について書きたいと思います。そして、不動岡高校のホームページがマイナーチェンジしました。普段は一斉送信メール、Google Classroomで事は足りますが、このHPもどうぞご活用ください。

 不動岡生は考査三日目でした。定期考査は、勉強する教科の範囲も広く、ある程度は勉強してもどうしても納得いくまでには程遠く、結局は不十分な状態で受けることになることがよくあります。そんな時は、もう少し早く取り掛かっていれば良かったと後悔し、次の期末考査ではしっかりやろうと心に誓うのですが…。とはいえ、4日目の最後の教科が終わった時の解放感は最高ですね。あと1日です!

 さて、「山が当たる」という言葉があります。「山」とは鉱山の意味で、予想が的中して鉱石が出るという時に使われていたのでしょう。山が当たれば一攫千金ですから最高です。よくテストでも「山が当たる」ことがあります。全部を復習している時間がない時に出そうなところを予想してそこだけは徹底して準備しておくのです。山が当たれば高得点が狙えますが、逆に「山が外れる」と悲惨な目に遭います。友人でも山を当てるのが得意なやつがいました。お互いに試験前に予想するのですが、その得意な友人はよく当たるのです。その頃は、運が良い人はいるものだとしか思っていませんでしたが、教員になってテスト問題を作成する側になってみると違った考えを持つようになりました。教員側は大切な内容、是非ともしっかり身につけておいてもらいたい知識等を優先的に問題にします。それからちゃんと授業中に教えたことが理解できているかを確かめるために難易度の高い問題も折り混ぜます。関連した応用問題も入れますが、授業の内容を理解していれば解ける問題にしてあります。問題を作成する教員側の身になって考えれば、自然とこの辺りの問題が出そうだと予想が立ちます。つまり、山を当てるのが得意な人は、授業中よく教員の話を聞いていて、どこが大切なのかをわかっていたのです。更に、そういう人は人に教えるのも上手く、ポイントをよく押さえています。人に教えてあげられるということは自分がちゃんと理解している証拠ですが、実は人に教えることでより理解が深まり、定着してゆくのです。そう考えると、「山」は当たるべくして当たっていたのかも知れません。逆に、よく山を外す友人はまさにギャンブラーでした。よくもここまで出そうにないところに山を張るなあと感心したこともあります。ですから、テスト前には勉強ができるやつに「どこが出そう?」とまるで予想屋に尋ねるように聞きにいく友人もいました。教員側としても生徒に簡単には予想されないよう苦心して問題を作成しますが、渾身の問題に見事に正解した生徒には全員の前で褒めてあげたい気持ちになります。しかし、当時の不動岡高校の先生方はどうだったでしょうか。ただ覚えているのはどの教科もやたら平均点が低かったということです。鼻からそう易々と高得点を取らせないぞという意気込みが感じられるテスト、いや、勉強をさぼっている人間は容赦なく奈落の底に突き落とすテストだった気がします。それは、当時の不動岡高校の先生方特有の愛の鞭だったのかもしれません。そうやって私たちは逞しくなったものです。

5月21日(火)進取の気風No.42 「私にとっての物理」

 晴れ後曇り29度。中間考査二日目です。今日で4日間の半分が過ぎました。これからが体力勝負です。今週は気温が上がる見込みです。体調管理には十分気を付けてください。

 さて、昨日は、偉そうに定期考査の目標は「平均点+20点」を目標にしていたと書きました。恥を忍んで不動岡生の皆さんに告白しましょう。私が高校2年生になると物理Ⅰの授業が始まりました。確か当時は2年生までは文系・理系に分かれず、全員が同じ教育課程で全ての教科を学習していました。物理の教科担当はN先生で、昔のさだまさしさんのようにスラっとした長髪で、サングラスほどではないですが色付きの眼鏡をかけ、語り口も優しい感じの先生でした。ところが、見た目とは裏腹に、最初の授業でいきなり「物理がわかるようになるためには微分積分がわからないとダメなので今日からまず微分積分を教えます。」と数学の授業を始めたのでした。数学Ⅰを履修したばかりで、「微分の事はびぶん(自分)でやれ!」なんて冗談がまかり通っていた時代でしたが、とにかく面喰いました。そして、何時間目か経った頃、あまりのスピードにさすがについていけなくなりました。一通り、微分積分を教えた後で、物理の教科書に入り、1学期中間考査を迎えました。授業についていけなかったのですから考査一週間前の追い込みも十分に機能するはずがありません。

 確かに平均点は低かったですが、返却された答案は何と「8点」!100点満点中8点!!生まれて初めて取った一桁の点数でした。当時は親にテストの点数を見せることなんてしていませんでしたが、さすがにこれはまずいと思い、帰り道に今はなくなってしまいましたが、よく行っていた「青年書房」という本屋さんに駆け込み、物理の参考書と問題集を買いました。結果的には期末考査で何とか挽回し、最悪の事態は免れましたが、それ以降、物理を好きになることはありませんでした。3年生では国立文系クラスでしたのでN先生との関わりはなくなりましたが、高校卒業後に理工系の大学に進んだ友人や先輩が高校時代に習ったN先生の授業は大学に行ってからものすごく役立ったとよく言っていました。結局、物理の良さは全く分かりませんでしたが、工業高校の校長になった時、機械科・電気科の教科書では物理の内容を扱っており、その教科書を見て唖然としたことを覚えています。工業高校生はこんな難しい教科書を勉強するのか(教科担当の先生にとっては簡単らしい)、物理の知識が機械・建築・電気の分野でこれほどまでに必要なのか(単なる計算問題ではなく日常生活にある工業分野)。1年生で習う「工業数理基礎」では、交通手段である自動車・電車・自転車のなどの具体的な事例を取り上げて、ベクトル・直線運動・円運動・動力とトルクなどの事象を学んだり、水流についてはパスカルの法則・ベルヌーイの法則、電機ではキルヒホッフの法則、建築物や橋などでは力のモニュメントなどを学んだりします。当時、仕事でよく行っていた日本工業大学では理工系の研究についても教えてもらったりしました。高校時代にこんな世界を知っていたら人生が変わったかもしれないと思いました。今からでも遅くはないと工業系に行った同期が冗談交じりに言うのですが、物理で8点を取ったコンプレックスとトラウマがその一歩を踏み出させてはくれないのですよ。

 最後に、皆さんにお知らせです。不動岡高校のHPがリニューアルします。公式インスタも始めます。乞うご期待!!それから、私は明日22日(水)から24日(金)まで出張となりますので、校長日誌をお休みするかも知れません。それほどまでには期待されていないのはよくわかっているのですが、念のためです。

5月20日(月)進取の気風No.41「予防線」

 雨後曇り最高気温23度。18日(土)は30度近い気温でしたが、今日は肌寒い一日です。本日から中間考査です。教室から離れたこの校長室にもピリピリとした雰囲気が伝わってくるようです。みんな、頑張れ!

 以前、ある家庭教師のCMでアニメのアルプスの少女ハイジが使われていました。パロディとして複数のCMが面白く作られていましたが、その中の1つでハイジとクララがこんなやり取りをしていました。ハイジがクララに「夏休みだけどちゃんと勉強してる?」と聞くとクララが明るく「全然してない!」と答えます。するとハイジが「アハハ、そっかー」と転げまわり、その後、ぼそっと「絶対やってるよ」と呟きます。初めてこのCMを見た時、クスっと笑ってしまいました。「今日の英語どう?完璧?」「全然、昨日、寝ちゃってさー」「そっかー、大丈夫だよ、〇〇なら!」とテスト前に友達同士でこんな会話が交わされませんか?

 「『鬼滅の刃』で心理分析できる本(清田予紀著 三笠書房)」を読んだ時、目に留まった章がありました。「自信のない人ほど『予防線』を張りたがる」という章です。つい言い訳をしてしまうことを、心理学では「セルフ・ハンディキャッピング」と言うそうで、周りから評価を下げたくない、ミスを小さくしたい、という心理から失敗したりうまくできなかったりした時のために先に言い訳して自分を守ろうと予防線を張るというものです。そう言えば、カラオケで自分の順番が回ってきた時に「今日はちょっと喉の調子が悪いけど…」「久しぶりに歌うからうまく歌えるかなー」なんて自分も「予防線」を張ることがあるなあと思いました。更に著者は、予防線を張っておいてうまくいったら成功の喜びを大きくする効果もあり、どちらに転んでも自分の都合の良い方向に持っていけると書いています。なるほど、無意識に多くの人は普段からこういう「予防線」を張っているものだと感じました。全然勉強してないと言っておきながら、答案返却でクラストップなんて聞くと、内心「むむ」と思うかも知れませんが、人は誰でも「予防線」を張るものだとわかれば感情的になることはありません。まして、こんな会話くらいで人間不信になったり、友達関係が悪くなったり、自分より周りは陰で頑張っていると思い込みどんどん不安になったりしては高校生活が辛くなる一方です。とにかく、他人のことは気にしないことです。気にしても無意味ですから。

 陸上競技の世界は「自己ベストを更新する」ということに重きを置いています。競技である以上、入賞して上位大会に出場することが目的ですが「自己ベスト」を超えることを自分の目標にすることで随分意識が変わると思います。自分の記録を破るために、細かなトレーニング計画を立てて調整し、日々の体調管理に努める、自分の体を客観視して分析し、どうすれば本番で最高のパフォーマンスを出せるのかを考えて行動に移し、うまくいかなかったらその原因を探り、次の大会に向けて再調整していく、これは勉強にも当てはまるのではないでしょうか。私は高校時代、兄から定期考査は「平均点+20点」を目指しなさいとアドバイスされました。全教科は至難の業ですが、1年生の時はこの目標のために最高のパフォーマンスが出せるように努力はしていたと思います。もちろん自分よりも頭の良い人は沢山いますが、まずは自分の目標に向かって努力することが大切だと思っていました。

 前述の著者は、こんなことも書いています。「でも、言い訳をする人は、しない人に比べて何かを達成する確率が下がるというデータがあります。始まる前から逃げ腰でいたら、うまくいくものもいかないですものね。『セルフ・ハンディキャッピング』は自分を守る便利な方法ではありますが、本気で何かに挑戦するのであれば、やる前に言い訳はしない方が身のためだということです。」不動岡生にとって「本気で挑戦する何か」とは何でしょうか?皆さんにとっては今のところ大学受験がそれに該当するのでしょうが、まず、「やるだけのことはやった」という気持ちで受験に臨めるよう努力してください。老婆心ながら一言付け加えておきますが、長い人生、大学受験よりも「本気」にならなくてはならないものにいつか出会いますよ。

5月17日(金)進取の気風No.40 「朝の交通指導」

 晴れ最高気温27度。明日は29度にもなる見込みです。今日は清々しく、気持ちの良い朝でした。今日と5月20日(月)の2日間は交通指導があります。担当の先生方が加須駅前から不動岡生の登校する道路の随所に立って登校の様子を見守ります。私が高校生の頃は学区制があったからかも知れませんが、地元の加須、羽生、行田から通う生徒が多く、電車通学よりも圧倒的に自転車通学者が多かったです。今でも覚えていますが、ある日、先生方が自転車通学者が主に通る道の交差点で交通指導をしていました。聞くところによると、信号を無視したり、道路を斜め横断したり、不動岡生の自転車マナーが悪いと地元住民の方々から苦情が多く寄せられていたとのことでした。現在は、自転車通学者は全体の14%、電車通学者が76%、バス利用者が8%という割合です。バスに関しては武正前校長の時に朝日バスと交渉してバス停を不動岡高校の近くに変更してもらったおかげで、本数には限りがあるものの、鴻巣市や北本市出身の生徒も通いやすくなりました。電車通学者が増えた分、今度は歩いて登校する不動岡生が道に広がったり、スマホのながら歩きをしていたり、通行の妨げになると苦情が増え、今では1年生と2,3年生の通学路を分けています。こうして随時、交通指導をするのも不動岡生の安全を見守ることが第一の目的ですが、教員にとっても校外に出て生徒たちの様子を見ること、そして地元の皆様にもご理解をいただくことも大切なことです。それに、朝、交わす「おはようございす!」という挨拶も大切です。お互いに気持ちよく1日が始まりますから。

 数日前の雨の影響なのか、近くを流れる会の川(あいのかわ)の水かさが増していました。学校に戻る途中で、諏訪神社の脇を通ったので撮影してきました。昔は寄り道して境内に腰かけていた不動岡生もいましたが、今ではただ通り過ぎるだけのようです。

 放課後、この校長日誌を書き終えようとした時に、男子生徒が校長室に入って来ました。どういうわけか昔の不動岡高校の校舎の写真を見たいというのです。中間考査が目の前だというのに気になって仕方がないとのこと。もう一人の友達も来たので展示資料室の鍵を開けて私立埼玉英和学校の校舎の模型とパネル、県立に移管されてからの校舎の写真、まだポプラ並木があった頃の写真などを見せて昔の不動岡について説明してあげました。なぜ、この二人が急に校長室に来ることになったのか不明でしたが、二人とも真剣なまなざしで話を聞いて写真などに見入ってました。これで勉強に集中できます!と帰っていきました。さあ、不動岡生よ!この土日を挟んで、来週の月曜日から中間考査です。他人の事は気にせず、自分のためにできる限りの努力をしてください!頑張れ!

 

 

5月16日(木)進取の気風No.39 「不正の代償」

 曇り後晴れ最高気温26度。昨夜から降り始めた雨は早朝まで続き、不動岡生が登校する時間帯もぽつぽつと降っていました。天気が定まらず気温差もあるので体調管理には十分に気をつけてもらいたいと思います。

 昨日のニュースで知りましたが、本日の朝刊でも話題になっている事件があります。それは、早稲田大学の入試で眼鏡型端末を使って問題を撮影し外部に流出させていた事件です。埼玉新聞の記事によると「スマートグラス」という端末は眼鏡のように装着して外部と映像や音声のやり取りができ、両手が自由に使える点から医療や農業などの多様な業種の現場で活用されているそうです。本来ならば、人のために開発された技術なのに、こうして悪用されるのは大変残念なことです。試験中に問題用紙をスマートグラスで撮影して手元のスマートフォンに転送、それをSNSで外部に入出させ、お金と引き換えに複数の人物から解答を送信してもらっていたようです。解答を送った一人はこれが最初は不正に使われているとは知らなかったようですが、後になって不正だと気づき警察に通報して発覚されたとのことです。結果的にはこの受験生は合格していなかったのですが、偽計業務妨害容疑で書類送検されました。皆さんの記憶にも新しいと思いますが、2022年1月の大学入試共通テストで世界史Bの問題の画像を流出させた受験生がいました。同年、一橋大学の入試でも同様の手口で受験生は有罪判決を受けました。今回の事件を起こした元受験生は「共通テストの結果が悪く、志望の国立大学に落ちた。他の大学も落ちることが不安で不正を思いついた」という趣旨の供述をしていると記事にあります。

 これから大学受験をする不動岡生はこの元受験生の供述をどのように捉えたでしょうか。新聞には都内の私立高校3年生だったということですが、想像してみると、私立高校に通いスマートグラスを購入できるくらいなので家庭は経済的に余裕がある、共通テストで国立大学を狙っていた、また早稲田大学を受験したということから都内の進学校に在籍していた生徒ではないでしょうか。おそらく私立の進学校に合格するため、小学校か中学校で塾にも通い、成績も良い方で、保護者や周囲の期待も大きかったに違いありません。本人には難関大学に合格しなければならないという他人にはわからないプレッシャーがあったのかもしれません。普段は成績が良かったのに、受験直前で成績が伸び悩んでいたのかも知れません。本人にとっては已むに已まれぬ事情があったのかも知れません。しかし、今回は早稲田大学受験で計画的に不正をするために準備をしていたはずですが、その時に絶対にばれないという自信があったのでしょうか。おそらく進学校に在籍して勉強もできていたはずなのにばれたらどうなるのか、カンニングして合格した大学に合格して本当にうれしい気持ちになれるのか、そんなことを想像できなかったのでしょうか。今日の読売新聞の編集手帳では「澄む」と「濁る」の言葉遊びの話で始まっています。「ためになる人」「だめになる人」のように「た」に濁点をつけて「だ」にすると大きく意味が変わります。「スマートグラス」は本来は人の「ためになる」便利な道具を、自分を「だめにする」のに使用した例だろうと書いています。そして、合格していなかった上に「事件の容疑者になるのであれば、これほど愚かなことない。たとえ合格しても不正がばれなかったとしても、どんな心持ちでその後の生活を歩むのか。澄むと濁るの違いを、多くの受験生に長い人生を想像しながら考えてもらいたい」と綴っています。もし志望校に行けなかったら、滑り止めだった大学で学科でトップになるくらい頑張ってみれば良い、どうしても志望校に行きたかったら浪人という選択肢だってある、それなのに今回の事件はあまりにも代償が大きいものです。進学校の校長として、日本の教育はこんなことで良いのだろうかと考えさせられました。

5月15日(水)進取の気風No.38 「考査前の風景」

 晴れ後曇り最高気温25度。5月も半ばとなり、木々の葉が鮮やかな緑色になってきました。普段何気なく通っている東門から見える風景は森の入口のような感じがします。早朝に通ると何となく空気もおいしいような気がします。今日も朝早くから登校する不動岡生がいました。中間考査前ともあって気合が入っているようです。

 こっそりと始めたこの校長日誌も他校の校長先生や学友の同輩、先輩方がさりげなく読んでくださっていると耳にしました。ある保護者からは中学生の息子に読ませていると伺いました。気恥ずかしいですが嬉しい限りです。そもそも現役の不動岡生に勉強の合間や電車の中で読んでもらいたいと始めたものですが、最近、書くのも慣れてきたからかついつい文章が長くなってしまい、たまにはもう少し気楽に読んでもらえる内容にしないといけないと思っています。今日は7時限ある日なので16:15終了、清掃・SHRで放課。17時前に校舎内を巡り、考査前の不動岡生の様子を写真に収めてきました。

 不動岡高校には勉強できる場所が至る所にあります。まず、教科研究棟の1階に学習室があります。ここは机に仕切りがあるので一人で集中して勉強するのに向いています。メディアセンター前のスペースはグループで勉強できます。今日も仲間同士で勉強していました。HR・管理棟1階の進路資料室も朝から活用している3年生が多いです。赤本と青本に囲まれて大学受験勉強に最適な部屋です。実は不動岡生にとって「便利な」勉強場所があります。それは、教科研究棟の連絡通路のスペースです。ここは各教科準備室が近いので、わからないことがあったらすぐに先生に聞けるのです!国語の質問に来ていた1年生がVサインをしてくれました。職員室前では生徒たちが3人で先生に質問していました。人それぞれ勉強の仕方が違いますが、不動岡高校は放課後も活気に満ち溢れています。

 

 

5月14日(火)進取の気風N0.37 「ゆとり教育を再考する」

 曇り後晴れ最高気温22度。5月12日(日)埼玉新聞に「ゆとり教育は『失敗』か」という記事がありました。ちょうどバブル経済が崩壊してこれまでのやり方では通用しないという危機感があり、教育現場ではいじめ、自殺、不登校、校内暴力等で混乱していた時代の話です。当時は学級崩壊、学校崩壊という言葉も広まりました。それまでの暗記中心の詰め込み教育、過重な偏差値教育への反省から旧文部省は「ゆとりある充実した学校生活」の実現を掲げ、学習量を減らし、余裕ができた時間を家族・地域で学べるようにしようとしました。ゆとりへの転換は経済団体からの要望でもありました。1987年から2004年生まれの世代、今年で20歳から37歳になる世代です。学習内容の3割減、週5日制の完全実施、総合的な学習の時間の創設など平成元年(1989年)から教員として現場にいた私にとってもゆとり教育を前面に打ち出した学習指導要領が高校にも適用された際は大きな変化を感じたものです。当時、文部科学省でゆとり教育を推進してきた寺脇研氏の著書も読みましたが、これからの日本の教育はこのように変わるのかと不安もありましたが期待する気持ちの方が強く前向きに捉えていました。「思考力」や「表現力」を中心とした「新学力観」、特に「生きる力」という言葉が教育現場で使われるようになりました。当時、私は進学校に勤めていましたが、「総合的な学習の時間」は大学入試の補習的な授業にしてはならないという教育委員会からの指導もあり、どんな講座にしようかと試行錯誤したことを覚えています。

 その後、この「ゆとり教育」はどうなったでしょうか。本来ならば、おおよその検討をつけさせることで全体を把握させることが目的だった、円周率を3.14ではなく、3で教えることへの批判がメディアによって広がりました。さらにPISAで日本の学習到達度が下がる結果になり、学力低下への批判はますます強くなりました。高校現場からすると学習指導要領で学習内容を3割減にしても大学入試制度は変わらず、特に進学校では予備校や塾で保管しなければという風潮が広まったように感じます。その後、いわゆる「揺り戻し」が行われました。2011年に「脱ゆとり」の学習指導要領が小学校で全面実施され、再び学習量が増加されたのです。1987年から2004年に生まれた人たちは「ゆとり世代」と言われ、何かと否定的な印象が持たれていますが、早稲田大学の岡本智周教授への取材をもとに記事には次のように書かれています。「彼らと実際に接して感じるのは、自分の意思を伝えたり、他者に配慮したりすることの巧みさだという。1971年生まれの岡本にとって同世代の他者は『追い落とす相手』だったが、『ゆとり教育でグループ学習などを経験してきた人たちは、互いを受け入れるスキルが身に付いている。』」また、ゆとり世代は「多感な時期に急激な社会の変化に直面し『将来への希望もなく、自分でなんとかしないといけなかった世代』」ですが、大リーグの大谷翔平選手の「マンダラチャート」などに見られる今までにない思考法はゆとり世代の特長なのかもしれません。「世界中で活躍する同世代を見て、『変化を許容する力を持っているからこそ、多様な未来をつくっていけそうだ』と1991年生まれのフリー編集者である角田貴広氏は述べています。

 そして、今、「主体的・対話的で深い学び」を掲げた学習指導要領が実施され、不動岡生はその中で教育を受けています。前回の「ゆとり教育」が定着しなかった大きな要因の一つに大学入試があります。しかし、大学入試改革が進められ、大学入試自体が知識のみを問うのではなく、思考力・表現力・判断力を問うものに変わってきました。「ゆとり教育が目指したものが今になって定着してきた」と寺脇氏は述べています。更に「なぜ学ぶか、それをどう生かすのかを考える必要性が高まっている。ゆとり世代が学んできたことは、実は強みになっているんです」と締めくくっています。AIなど技術が著しく変化し、その激しい変化に対応する力を身につけなければ、日本は世界で取り残されてしまいます。不動岡高校の教育は大学入試だけで終わるのではなく未来に続くものでなければならないとこの記事を読んで強く感じました。

5月13日(月)進取の気風No.36 「考査一週間前」

 雨最高気温21度。中間考査1週間前となりました。1年生にとっては初めての定期考査になります。考査一週間前は原則として部活停止となり、勉強に集中できるようになります。先生方の方は、生徒たちが十分に準備できるように早く試験範囲を終わらせようと必死な時期だと思います。私は高校時代、一週間前に大きな広告の白い裏面を使って入念な計画を立てていました。まずは大きなスケジュール表を作るために定規でマス目を引き、定期考査の日程と苦手教科との組み合わせを考慮しながら、やるべきことを1日単位で書き込みます。問題集などのページ数も書き込んで自分で納得のいく計画を立てるのですが、大体初日は完成した計画表に満足し、これで考査はばっちりだと妙に安心し、気がつくと初日から予定が遅れ、数日後に計画の練り直しをすることもあり、残念ながら結局は徹夜の追い込みをするという状態もたびたびありました。世界史などは自分でもう一度調べ直してノート作りに励み、これを覚えれば完璧だと完成したノートをうっとりと眺めるのですが、問題集でアウトプットの練習をせず、ひたすら暗記をしようとして大体一夜漬け。テストでは何とか点数は取れるのですが、短期記憶のため大学入試の際に勉強し直さなければならないという羽目になりました。そう言えば、兄の勧めで古文動詞の活用表などをこれも広告の裏に書き写し、見えるところに貼っておいたりしました。トイレや洗面所にも数学の公式などを貼っていましたから家族は迷惑だったことでしょう。

 不動岡生の皆さんも満足のいく点数を取るために日夜努力をしていることでしょう。本来、定期考査は学んだことがどれだけ理解できているのか、その到達度を図るためのものです。一夜漬けの短期記憶で点数を取ったとしてもテストが終わったらすぐに忘れてしまっては何の意味もありません。定期考査では良い点数を取れるのに模試では散々な結果で、更に大学入試のためにもう一度しっかりと復習し直さなければならない事態となってしまいます。インプット中心の勉強ではなく、アウトプットする練習を多くした方が記憶の定着が図れます。高校時代は、完璧にノートにまとめてから問題集をやろうとして計画倒れになっていましたが、中途半端な状態でも問題集等で多くの問題に当たり、繰り返しやることでアウトプットと同時に自然としかも確実にインプットされると気づいた時にはもう高校を卒業していました。とにかく暗記中心の力技では使える力は養えないということです。

 今は、「これさえ覚えれば完璧」なんて勉強法はありません。学んだ知識を使っていかに応用力、考える力をつけるかが大切です。点数を取ることばかりに集中しすぎて本質的な学びをしていない場合があります。1年生は初めての定期考査の結果に一喜一憂するでしょうが、上手くいかなかった場合は、試行錯誤を繰り返すかもしれませんが、もう一度自分の勉強法を振り返ってみると良いと思います。点数が悪いと劣等感を抱き、自信をなくしがちになりますが、それは自分に能力がないのではなく、頭の使い方や勉強の仕方に問題がある場合があります。どのように勉強したらよいかわからないと思う人もいるかもしれません。遠慮なく友達や先輩、先生に聞いてみてください。最終的には自分なりの勉強法は自分でしか見つけられません。定期考査は何がわかっていないかを自分で知るためのテストであり、できなかったら点数だけを見るのではなくもう一度できなかったところを復習し、ちゃんと「穴」をふさいでおくことが大切です。落ち込むのではなく、今、わからないところを確認できて良かったと思えるくらいが良いと思いますよ。