校長日誌

不動岡高校 校長日誌2024「進取の気風」

6月20日(木)進取の気風No.65 「ブログの言い訳」

 晴れ後曇り最高気温31度。いよいよ今度の日曜にあたりから梅雨入りとなるのでしょうか。蒸し暑い日が続くことになります。不動岡生の皆さん、体調管理には気をつけてください。

 先日、第106回全国高等学校野球選手権埼玉大会の抽選結果が新聞に掲載されました。本校は7月14日が初戦で相手は狭山工業高校です。今大会から勝ったら甲子園のように校歌が流れると聞いています。球場で勝利後の校歌を共に歌いたいものです。どこが勝ち上がるかはわかりませんが是非ともベスト16以上を目指して持てる力を全て出し切って戦って欲しいです。女子校務の頃は、この時期になっても野球の話題が職員室で上がらず寂しい思いをした記憶があります。野球だけが特別ではありませんが、甲子園をかけた試合に一喜一憂する季節がやってきました。野球部の皆さん、頑張ってください。

 「校長先生はいつブログを書いているのですか?」と質問を受けることがあります。私は異動して家が近くなったこともあり、朝早く学校に来て書くこともあれば、放課後落ち着いた時に書くこともあります。書き始めると集中するので、大抵、30分程度で書き終えます。問題は「何を書くか」です。その日にふと思いついて書くこともありますが、不動岡高校の校長になってから、新聞を読む時も、テレビを見ている時も、スマホでネット検索している時も、本を読んでいる時も、散歩している時も、電車に乗っている時も、研修や会議に出ている時も、常に不動岡生に伝えたいことはないかと考えるようになりました。ですから、休みの時も思いついたことを家でメモしておくこともあります。学術書を書くわけではないのでブログ本来の「気楽な」ものにしたいと常々思ってはいるのですが、ついつい理屈っぽくなって文章が長くなり、ますます現役の不動岡生に敬遠されるブログになってしまっている、そういう自覚はちゃんとあります。公式インスタを始めたので日々の不動岡生の姿はお知らせすることができ、軽めの内容はそちら任せてあるという安心感からか、ついついお堅めのブログになってしまうのでしょうか。まあ、公式インスタを始める前から文章は長かったですが…。とにかく、日常が「不動岡高校」のことばかりです。ですから、不動岡高校の校長の任期(「人気」ではなく…)が切れたら腑抜けになってしまうのではないかと勝手に自分で心配しています。現役の不動岡生には私の高校時代の話や同級生や先輩方のこと、不動岡の歴史のこと、不動岡の先生方のこと、加須のこと、私が覚えていることやこれから調べること等を伝えておきたいのです。中学生の受験生の中にもこの「校長日誌」を読んでくれている人がいると聞きました。不動岡高校に入学したいと思ってくれている中学生にもこの不動岡高校をより知ってもらえればとても嬉しいです。とはいえ、やはり毎日続ける自信はございません。悪しからず、ということで…。

6月19日(水)進取の気風No.64 「情熱とやる気との違い」

 晴れ最高気温32度。昨日とは打って変わって清々しい朝でした。

 さて、「今日はなんかやる気が出ない」と言いますが、「今日はなんか情熱がない」とは言いません。「吹奏楽にかける情熱がすごい」と言いますが、「吹奏楽にかけるやる気がすごい」とは言いません。情熱は『長い線』みたいなもので1週間や2週間で消えるものではないのに対し、やる気は『小さな点』であり、10分や20分で消えてしまうこともあります。情熱がある人は長期間にわたって熱中しているので周囲にもわかるものです。勉強に「やる気」が出ない日もあるでしょうが、その「やる気」を長期にわたって続けていけば、それは「情熱」に変わります。大きな行事も終わり、いよいよ受験勉強を本格的に始めることになります。「情熱」を持って受験勉強に取り組んでください。サッカー部を始め、部活動を続けている3年生もいますが、「文武両道」の精神で最後の大会まで最善を尽くして頑張って欲しいと思います。

 「やる気」と言えば、前述した「『鬼滅の刃』で心理分析できる本(清田予紀 三笠書房」という本の中に「『やる気スイッチを押す天才・胡蝶しのぶ」という章があります。「鬼滅の刃」というアニメには個性あふれる登場人物が沢山現れますが、その中に嘴平伊之助と我妻善逸というキャラクターがいます。二人とも性格や能力がまるで違いますが、面白いのは胡蝶しのぶが二人に対してかけた言葉です。胡蝶しのぶが2人に初歩的で基本の技を教える際に、「まぁ、できて当然ですけれども仕方ないです。できないならしょうがない、しょうがない。」と負けん気が強く猪突猛進型の伊之助を大奮起させました。一方で、自己肯定感の低い善逸には、手をギュッと握って、「頑張ってください、善逸君、一番応援してますよ。」と特別扱いして励ますことで大奮起させていました。

 教員にとっては、担当する40人近い生徒一人一人に見合った言葉がけをするのは難しいですが、「やる気ボタン」は人それぞれです。教員にも当てはまりますが、ついつい親の立場だと「勉強しなさい、大丈夫なの?」と言いたくなることもあるでしょう。しかし、言ったところで「やる気ボタン」はONになりません。ONになるどころかOFFがロックされてしまう恐れもあります。最終的には本人次第ですが、人生の先輩として言葉がけ・声かけに気を配り、時には何も言わずに「待つこと」も必要なのかもしれません。問題は「よし、頑張ろう!」と本人が思うのがいつなのかということです。私は父から「お前は大器晩成型だな。」とよく言われました。なかなか本気を出さない自分にかけた言葉だったのかも知れません。本人の「やる気」がいつか出ることを信じ、そして、その「やる気」が「情熱」に代わることを信じたいものです。

 昨日は出張等で不在でしたが、その間にPTA華道サークルの方々が花を活けてくださいました。今回はガマ、スカシユリ、ナデシコの作品です。ユリの花はまだ蕾ですが咲いたらきっと美しいでしょうね。ありがとうございました。

6月18日(火)進取の気風No.63 「何のために『学ぶ』のか」

 雨後曇り最高気温24度。朝から雨でした。ちょうど4限が終わる頃に雨脚が強くなりました。三者面談二日目です。保護者の皆様、足元の悪い中、ご来校いただきありがとうございます。

 ところで、昨日は3年生進路講演会があり、駿台予備校大宮校校長・英語科講師の大島保彦先生を講師としてお招きいたしました。出張する直前でゆっくりとお話しする時間がありませんでしたが、「限りない自分の力で未来を創る」という演題を拝見して感動しました。予備校の講師なので大学入試に特化したお話だと思っていましたが、大学受験のプロがこれから本格的な受験勉強を始める3年生に対して、大きな視野で人生の道しるべとなるような演題を用意してくださっていたからです。是非とも拝聴したかったですが、きっと3年生の心に響くお話だったと察します。大島先生、ありがとうございました。

 さて、またお堅い話ですみません。筑摩書房のちくまプリマー新書に「中学生からの大学講義」というシリーズがあります。私が第1巻を購入した時には既に第5巻までありました。第1巻が「何のために『学ぶ』のか」、第2巻が「考える方法」、第3巻が「科学は未来をひらく」、第4巻が「揺らぐ世界」、第5巻が「生き抜く力を身につける」というテーマになっています。第1巻の初版が2015年1月10日です。今から8年も前に刊行された本ですが、第1巻の冒頭に「『今こそ、学ぶのだ!』宣言」のページがあり、その最後の方に「正解のない問いに直面した時こそ、必要な“考える力”を育むヒントになると思います。変化の激しい時代を生き抜くために、今こそ学ぶのだ!」と書いてあります。まさに新学習指導要領の中心となっているものです。

 第1巻の7人の著者も有名な方たちばかりです。外山滋比古氏「知ること、考えること」、前田英樹氏「独学する心」、今福龍太氏「学問の殻を破る」、茂木健一郎氏「脳の上手な使い方」、本川達雄氏「生物学を学ぶ意義」、小林康夫氏「学ぶことの根拠」、鷲田清一氏「『賢くある』ということ」という内容です。私がこの第1巻をいつ購入したか覚えていませんが、もしいつか進学校の校長になることがあったら是非とも生徒に読んでもらいたいと思った本の1つで、ずっと手元に置いておきました。「中学生からの大学講義」とありますが、大人が読んでも面白く深く考えさせられる内容であり、果たしてこれを中学生向けに書いたのかと思うほどです。筑摩書房が桐光学園と共同で編集したシリーズで、神奈川県にある超一流の中高一貫校である桐光学園の教育方針が反映されているのでしょう。進学校の校長として「現役合格率」「国公立大学・難関私立大学の合格実績」という数値目標に注目しがちですが、この本が「何を学びたいのか」という根本的な自らへの問いに対する様々な働きかけをしている点に私は着目しています。現在の成績や模試の結果から「行ける大学」を絞っていくのは当然のことかも知れませんが、「何を学びたいか」「どの大学で学びたいか」「学びたいことを学べる学部・学科はどこか」という問いに対して真剣に考えるきっかけを与えてくれる本です。「学問」という観点で専門分野のスペシャリストの方々が「考えるヒント」を記してくれています。

 ちょうど今、三者面談中です。3年生の中には既に進路が決定している人もいるでしょうが、1,2年生にとってはもしかしたら人生を変えてくれる本かも知れません。興味があったらではなく、是非とも不動岡生全員に読んでもらいたいシリーズです。

6月17日(月)進取の気風No.62 「プロの料理人」

 晴れ後曇り最高気温32度。とても蒸し暑い一日です。15日(土)のTBS「情報7daysニュースキャスター」は女子バレーがセルビア相手にストレート勝ちして放送が繰り上がったため、予約していたのに油断してうまく録画ができませんでした。残念です。テロップの「ふどかこうこう」はTBSの痛恨のミスでしたが、約6分間の尺で全国放送され、県内はもちろん県外の知り合いからのメールが届きました。不動岡高校の名が全国に知れ渡ることはとても嬉しいです。応援部の皆さんの陰ながらの努力をしっかり見させてもらいました。16日(日)は地元の総合水害広域避難訓練が本校を会場に実施されましたので冒頭の挨拶に伺いました。朝方は雨が降り、非常に蒸し暑い中、本校をご利用いただきありがとうございました。北グランドでは、加須ジュニア陸上クラブの練習にちびっ子たちが大勢集まっていました。お子様をお連れのある保護者の方から「校長先生、毎日ブログを読んでいますよ」と声をかけられました。始めた頃は毎日書くつもりはありませんでしたが、プレッシャーですが細々と今後も続けていきたいと思います。ところで、コーチの藤間修一先生は私が高校生の時に体育で教わっていましたが、藤間先生がデモンストレーションしてくださった三段跳びに度肝を抜かれたことを今でも覚えています。今週は三者面談週間で午前4時間授業です。本校はこの間、完全下校が17時となり部活動にもけじめをつけ勉強時間を確保しています。

 2週間の教育実習生たちが14日(金)の放課後に研究授業の指導を仰ぎに校長室に来ました。私が共通して話したことは、新教育課程の3観点をどうやって授業に反映させるかということでした。従来の「知識・技能」の習得に重点を置く授業を否定するつもりはありませんが、穴埋め式のオリジナル授業プリントに沿って説明・解説していくスタイルはどうしても講義形式となり、生徒の言語活動があまりできません。進学校ではどうしても大学受験を意識して教材研究をしますので先生方が独自の教材を作って授業をしていますが、私は、極端なことを言えば、穴埋め式のプリントは調べ学習で良いと思っています。生徒に一定の時間を与えて、教科書・資料集・参考書などを使って自分で調べさせる。その間、大事だと思う個所にマーカーや下線を引き、プリントにメモをする、どうしてもわからないことは机間巡視する教員に質問したり、周囲で話し合ったりしても良いでしょう。今ではICT機器やiPadを有効に活用できるので、プロジェクターに解答を示しながらポイントを絞って説明し、残りの時間は「思考力・判断力・表現力」の育成を図る取り組みをしてもらいたいと思います。導入時に本時の「ねらい」「テーマ」を明示し、いかに「考えさせる」設問を用意するかが重要です。周りで意見交換しながら思考を深め、自分の言葉でまとめさせれば「表現力」の育成にもつながります。最後に振り返りの時間を設け、1時間の授業で学んだことを整理できれば記憶の定着にもつながります。

 実習生には授業はコース料理と同じで、最初に食前酒や前菜(導入「ねらい」「テーマ」)、メインデッシュ(展開)が「思考力・判断力・表現力」の育成、最後のデザートとコーヒー・紅茶が「振り返り」だと話しています。与えられた食材をどのように料理して最高の料理を提供するか、その料理人こそが「教師」であり「プロ」ですと。そして、授業はライブ、教員はパフォーマー、いかに観客を乗らせ、一体感を持たせるかと。私たち教員はどうしても学生時代に教わったように授業をしがちですが、依然として旧教育課程の教え方のままではいけません。現職の先生方はもちろんですが、これからの埼玉の教育界を背負っていく卒業生にも私の想いを託しています。先生方の授業を受けて、自分でもっと調べてみよう、学んでみようという「主体的に学習に取り組む態度」「学びに向かう力」の育成を図ることが理想の形です。そんな授業がこの不動岡高校でできればと思っています。

6月14日(金)進取の気風No.61 「校歌」

 晴れ最高気温33度。真夏日。校長室と応接室との間の壁に校歌の歌詞が記された黄金色に輝く立派な額が飾られています。第28代校長の門谷修二郎先生が寄贈してくださったものです。第139回入学式の式辞で1年生には紹介したとおり、作詞者は第12回卒國学院大学学長・名誉教授の河野省三氏です。

 本校は令和8年度に創立140周年記念事業を実施する予定となっています。その10年後には創立150周年の節目を迎えますので、記念事業自体は大掛かりなものにはならないと思われます。先日、学友会役員会の席で創立150周年には本校の校歌や応援歌などのCDが欲しいと申し上げたところ、古参の役員の方から創立100周年か110周年の時に既に作ってあるという情報がありました。同級生のU君が音源を持っているというので、早速送ってくれました。スマホで聴いたのですが、何となく昭和の雰囲気の編曲で懐かしさが込み上げてくる音源でした。近いうちにHPにアップロードできればと思っています。

 ちょうどこの役員会の前に、不動岡高校をこよなく愛するOBの新井陽吉氏が開校50年史を届けてくださいました。開校から旧制中学時代の不動岡の歴史が詰まっている書物です。その中に校歌のページがありましたが、当時は「不動岡中學校之歌」と称されていたようです。改めて歌詞を読んでみますと現在の歌詞とは異なっている部分があることに気がつきます。1番:「我が中學の名は高し」←「我が学び舎の名は高し」2番:「剛勇質素の健児團」←「明朗質素の若き友」3番:「忠と孝とにいそしみて」←「道と技とにいそしみて」の個所です。おそらく現在の歌詞は戦後に修正が加えられたものだと思いますが、このことについてはまた後ほど調べたいと思います。長い歴史の中で曲調は変わらず、代々脈々と歌い続けられた校歌です。私は不動岡高校校歌を歌うたびに、1番にある「千辛万苦築きたる」の歌詞がずっと気になっていました。「千辛万苦」とは「さまざまのつらいことや苦しいこと。多くの辛苦。(広辞苑)」です。「千辛万苦して成功を得る」のように使う四字熟語ですが、「千辛万苦」を「築く」とはどんな思いが込められた表現なのか、ずっと気になっていました。まだ、旧字体で書かれている「開校50年史」の全てを読んではいないので詳細はわかりませんが、地元有志が私立埼玉英和学校を設立し、その後不動岡中学校となるまでに様々な苦難を乗り越えて築き上げてきたというその思いがこの一文に込められているのだと思います。「我が学び舎の高し」と続く一番の歌詞は、今では県内で一番とも言える施設・設備が整えられた校舎で学ぶ不動岡生が現在、未来において、日本、そして世界で名を届かせる活躍をして欲しいという先人達の願いが込められている気がしています。

6月13日(木)進取の気風No.60 「新聞」

 曇り後晴れ最高気温30度。今日は湿度も高く少し歩くと汗ばむ陽気です。規定ではクーラーの使用は7月1日からですが、今週は暑いのでクーラーが使用できるようにしてあります。節電に気を遣いながら有効に使用してください。

 本日の埼玉新聞社会面のある記事の見出しに目が留まりました。「『ICT使うほど学力低下』さいたまで県NIE総会 実践指定校に20校」という見出しです。日本新聞協会NIEコーディネーターの関口修司さんは、国の学力テストの結果分析を基に「ICTのデジタル機器は使える必要があるが、使えば使うほど学力が下がることが分かった」と指摘したとあります。これはショッキングな記事です。本校はICT活用に関してかなり先進的に取り組んでいると思います。iPadを有効活用することでペーパーレスになり、授業だけでなく日常生活においても利便性を図っています。各階に設置されているモニターで生徒への連絡事項も周知できる仕組みもあります。教室ではプロジェクターを使って、従来ならば教員が黒板に書いてから説明していたようなことも画面を映し出して無駄な時間を作らず効率的に指導することができています。国を挙げてDXを推進する時代に逆行するような見出しに驚きました。

 記事によると「子どもたちはスマートフォンで動画漬けになっており、脳の機能が低下している」そうです。ふと「脳トレ」で有名な東北大学の川島隆太教授がスマホの使用に警鐘を鳴らした著書のことを思い出しました。ネット漬けの子どもほど、思考力や想像力だけでなく、人の気持ちを理解したり、場の空気を読んだりする高次なコミュニケーションをつかさどる前頭前野などの脳機能が発達しないという内容でした。そう言えば、iPhoneを世に出したスティーブ・ジョブズ氏も自分の子どもにはiPhoneは使わせなかったという話がありました。スマホの危険性を誰よりもわかっていたのでしょうか。

 以前勤めていた高校で、ある国語の先生が「わかりすい授業が本当に良いのでしょうか。難しい内容の文章を苦労して読み解く経験が必要なのではないでしょうか。」とある会議で発言していたのを思い出しました。私たち教員は「わかりやすい授業」に関しては何の疑問も持ちません。生徒に理解してもらうためにYouTubeで検索して短い動画を活用する先生もいます。実にわかりやすい。しかし、もしかしたらそこに落とし穴があるのではないかと感じました。わかりやすいのでその場では「わかる」けれども、それを「思考する」領域にまで引き上げていない、「わかった!」で満足し、本当の「理解」にまで達していないのではないか、ということです。私は「予習」が大切だと思っています。自分で調べて、自力で考える、わからないことがわかる、わからないけれど精一杯理解しようとする、それが大切だと思っています。時間が取れない不動岡生ですが、予習でわからない箇所がわかっているだけでも授業での理解が深まります。

 記事では「せめて1日20分は新聞などの多様な文章に触れる必要がある」とあります。本校では毎日5紙の新聞が教室に配られます。先日、朝、新聞を1階から教室に運んでいた生徒に「新聞は読んでますか」と尋ねたところ、「まあ、少し」という返事が返ってきました。せめて、「天声人語」や「編集手帳」、社説などを読んで欲しいと思います。そして、「読解力」をつけるには「書く」ことが必要不可欠です。動画や画像を見て「わかる」だけでなくそれを自分で文字にする、社説などを読んで2,3行でも良いから感想を書く、そんな習慣ができると良いと思っています。

6月12日(水)進取の気風No.59 「花言葉」

 晴れ後曇り最高気温31度。予報どおり今日も暑い一日です。昨日、教育実習生の国語の研究授業に生徒の中に座って参観しました。「推敲」という漢詩を題材にした授業でしたが、書き下し文を朗読すると漢詩独特のリズム感や表現など「音」で楽しむことができました。高校時代は、漢詩の文法や構文ばかりに目を向け、「鑑賞」の部分にあまり力を入れていませんでしたが、こうして年齢を重ねると、専門ではないですが、自分なりの解釈や感じ方ができて興味深いと思いました。どうしても大学受験のための勉強として授業を受けると本来の学問的な深みが失われるような気がします。

 私が教員として教鞭を執っていた頃と違って、講義形式の授業はほとんどなくなりました。教育実習生の授業でも隣り同士でのペアワークを随時取り入れて、生徒たちの言語活動の時間をうまく作っていました。生徒たちは男女関係なくペアワークを自然と行っていますが、これも小学校や中学校からやっていることなので抵抗がないのでしょう。生徒の中に入って授業を受けていましたので、生徒たちのペアワークの状況がよくわかりましたが、うまく書き下し文が作れなかった男子に女子がうまくサポートしている姿も見えました。その女子生徒はiPadにも予習時に書き込んだのかメモが書いてありました。今ではノートを使う生徒はあまりいないようです。こうして男女でお互いに協働しながらペアワークが有効にできるのも男女共学ならではのことなのかも知れません。

 PTA華道サークルの方が花を活けてくださいました。今回はユリ科のギグンジューム(アリウム)、ボタン科のシャクヤク、ユリ科のギボウシを使っての生け花です。シャクヤクはこれから奇麗な花を咲かせてくれることでしょう。ギグンジュームの花言葉は「円満な人柄」「正しい主張」、シャクヤクは「謙遜」「恥じらい」、ギボウシは「静かな人」「冷静」だそうです。これらの花言葉はまさに校長の資質として必要不可欠なものではないでしょうか。面談や出張、その他諸々のことで落ち着いてじっくりと不動岡高校のことを考える時間がなかなか作れない中、我を振り返る良いきっかけとなりました。やるべきことが多岐に渡ると、急ぐあまり、いろいろと考えるあまりにイライラしたり、ため息をついたりしてしまいます。校長として奢ることなく、懐深く、学校のため、生徒のため、先生方のため、地域のために冷静に、正しいものの見方で判断し、行動できる校長でなければならないと戒められました。校長室の私の背後には歴代の校長の写真が飾られています。過去の校長から受け継ぎ、さらに発展させて次の校長へと繋げていかなければならない使命というべきものがあることを忘れてはならないと感じました。

6月11日(火)進取の気風No.58 「教育実習生」

 晴れ最高気温30度。今週は真夏日が続くようです。まだ湿気が少ないので良いですが、梅雨に入ると私の苦手なじめじめした天気が続くことになりますね。

 さて、6月3日から教育実習生が18人来ています。過去に多い時は30人を超えた年もあったと聞きます。2週間の実習生もいますがほとんどが3週間です。初日には校長講話ということで、学校の組織(分掌、委員会、学年、部活動等)、埼玉県の教育課題、教員として望まれることや心構えなどを話しました。埼玉県には「未来を創る、こどもたち、未来を育てる、わたしたち~未来への責任~」というキャッチフレーズがあります。是非とも未来の埼玉のために貢献できる教員になって欲しいものです。

 私の頃の教育実習期間は2週間で、当時、英語の教育実習生は私と現在埼玉大学の及川教授でした。及川先生は現役で東京外国語大学に行きましたから、私の1つ後輩に当たりますが、その頃から英語力は抜群でした。当時の不動岡高校英語科には、AET(当時はALTとは言いませんでした)が1人いました。オーストラリアのタスマニア島出身のケイティーという女性でとても明るく陽気で、チーム・ティーチングを盛り上げていました。T.Tと言っても当時はネイティブの英語に慣れることが目的で、ゲームやアクティビティを通じてインタラクティブな授業をすることが中心でした。現在のように教科書自体がコミュニケーションを重視する内容ではなかったので英語の先生方が工夫して授業案を作成していました。今でも覚えているのは、放課後になるとAETのケイティーを交えて英語科の先生方全員が車座になって英語であれこれとおしゃべりをする時間があったことです。私の頃は、難しい英文を文法訳読式の精読で理解することと和文英訳が中心の英語教育で、スピーキングやリスニングはあまり重視されていない時代でした。しかし、そういう時代であっても英語で会話をする練習を英語科の先生方が自ら率先して行うその意欲が、不動岡高校の外国語科時代を通じて、現在につながっているのだと思います。

 自分の研究授業では、オール・イングリッシュを試みましたが、途中から担当の英語の先生とケイティーの3人の授業となってしまい、生徒は楽しかったようですが、指導案通りにうまく進まなかったという記憶があります。放課後は部活動に顔を出したり、担当のクラスの生徒との相談相手になったりしていました。当時の生徒が何人か休みの日に私の家に遊びに来るということもありましたが、あの時の生徒も今は結構いい歳になっていると思います。どこかで頑張ってくれていることでしょう。初々しい教育実習生が頑張っている姿を見て、教員を目指していたあの頃をふと思い出しました。

6月10日(月)進取の気風No.57 「俯瞰の目」

 雨後曇り最高気温26度。ラジオのニュースでは埼玉は8週連続月曜日は雨だそうです。生徒たちが登校する頃には雨はポツポツ程度でしたが1時間目の頃には雨も止みました。4月から8時前には体育祭の団ダンスの練習でジャージに着替えた不動岡生で賑わいましたが、大きな行事も終わり静かで落ち着いた日常となりました。今月は17日から三者面談が始まります。受験体制に入る3年生にとっては進路を決めていく大切な面談となります。

 「2000社の赤字会社を黒字にした社長のノート 仕事に大切な『気づきメモ』(かんき出版)」という本があります。著者は長谷川和廣さんという方です。私が管理職の道に進んでビジネス書をたまに読んでいた頃に買った本です。その本の中に「学歴があっても学力がない人、体力があっても根性がない人」という章があります。「学歴があっても学力がない人は教えた仕事だけは本当にきちんとやります。しかし、自分で考えることに積極的ではないので進歩が遅い。一方、体力があっても根性がない人はあきらめが早い。それは今の仕事で自分に何が求められているのかを突き詰めて考えていないから、やる気が湧いてこないのです。」と書いています。一流企業を渡り歩いた長谷川氏は何人も一流の難関大学を卒業した部下や大学の体育会系でバリバリ活躍していた部下を何人も見てきたことでしょう。おそらく、この「学歴があっても学力がない人」は、いわゆる進学校出身で、難関大学に合格するために懸命に勉強し、良い成績、高い偏差値を取ってきた人たちだと思います。最初に読んだ時、教育に携わる者として、これは日本の教育の弱点であり、過ちでもあると感じました。もちろん「学歴があって学力もある人」もたくさんいるでしょうが、「教えた仕事だけは本当にきちんとやります」というのは、いわゆるAランクの難関大学に合格することだけを目標に高校時代に受験勉強してきた人にありがちな社会人としての姿なのだろうと感じました。そして、高校や塾、予備校の先生に与えられたことをしっかりこなし、指示されたことをしっかり守って成績を上げてきた高校生時代の姿を想像しました。

 この章の後半で、長谷川氏は次のように書いています。「もし、私がこのような部下を持ったときは、「俯瞰の目」を持って仕事に当たらせます。たとえ平社員でも自分がセクションの長になったと仮定したとき、自分に何が求められ、何をすべきか考えさせるのです。それによって責任感も生まれます。実は早く出世していく人たちの共通点は、この俯瞰の目を持っていることです。常に全体像を見渡して行動するクセがついているので、ひとつ上のレベルを任せても安心なのです。」俯瞰とは大空を舞う鳥が地上を高所から見渡すイメージで、「広い視野を持って物事を捉えたり、考えたりすること」を意味します。巨視的に捉えることですが、その反意語は「微視的」です。この微視的の類義語が近視眼的、一方的、場当たり的、盲目的という感じでしょうか。点数を取るために「微視的」に勉強してきた人は知識があっても、自分で考えて判断する力が弱いのでしょう。この力を鍛えるための教科書はないですが、是非とも不動岡高校での3年間で養ってもらいたい力です。いや、不動岡高校自体がこういう力を育成する学校にならなければいけないということですね。

6月8日(土)進取の気風No.56 「オーストラリア研修」

 晴れのち曇り最高気温29度。今日も良い天気です。梅雨入りの平年日は関東地方は6月7日だとテレビで言っていました。今年は17年ぶりに梅雨入りが遅れ6月15日(土)あたりだろうということです。本日は土曜日授業です。公式SNSの効果なのか見学者がいつもより多い気がします。ありがたいことです。

 12:25に4時間目終業のチャイムが鳴ると不動岡生がぞくぞくと食堂とパン売り場に集まります。土曜日でも通常営業です。小松ベーカリーさんのパンはどれを選ぼうかと悩みます。私も生徒の列に並び、不動岡生が好きなハッシュドポテトと定番のあんパン(こし)を購入しました。校長室に戻る途中で、同じくパンを買った1年生女子が「校長先生!私のお父さんが校長先生のブログを毎日読んでて、とてもいいこと書いてあるからお前も読めって言うんです。」と話しかけてくれました。「それで読んでくれたの?」「いえ、読んでません。」迷いのない返答でした。本当は多くの不動岡生に読んでもらいたいのですが、文章が長くてお硬い内容だと今の高校生は読んでくれないんですよね。重々承知しております。でも、後輩でもある不動岡生の皆さんに校長として、先輩として伝えたいこともあるのです。「毎日読んでくださって嬉しいと校長が言ってたとお父さんに伝えてください。」そう言って校長室に戻りました。

 本日は午後2時からオーストラリア海外研修に参加する生徒の保護者会がありました。多数の応募者の中から20名を選考し、英語科教員2名の引率で7月26日(金)から8月3日(土)までの9日間、ブリスベンからバスで3時間ほどかかるところにあるキンガロイ市でホームステイすることになります。お世話になるキンガロイ高校は平成15年(2003年)に姉妹校提携を結んだ高校です。市長訪問、スクールツアー、小学校訪問を始め、山に登って野生の鳥に餌あげをしたり、ESLクラスで英語の授業を受けたり、最後はグリフィス大学のキャンパスツアーに参加したりと盛り沢山の内容です。最終日のFarewell Partyではホームステイした家族と一緒にいられる最後の時間となります。

 不動岡高校では外国語科の取組を生かしアウトプット中心の英語教育を行っています。授業ではStandard Englishを使い、ALTもわかりやすい英語で話してくれます。授業ではあくまでも仮想空間での英語のやり取りが中心となりますが、オーストラリア研修では実践となります。Dialect(方言)ありAccent(訛り)あり、話すスピードにも面喰うことがあるかも知れません。ポイントは臆することなく積極的にこちらから話しかけることです。良い経験、楽しい思い出だけで終わるのではなく、この9日間の経験が参加した皆さんの将来に良い影響を与えるものになることを心から期待しています。

6月7日(金)進取の気風No.55 「読解力」

 曇り最高気温27度。代休が明けて2日目ですが、3年生を中心に各クラスで数名のインフルエンザ罹患者がいると報告を受けました。今のところ学級閉鎖にするほどではないですが、まだ安心できない状況です。昨年度は新型コロナのため臨時休業となり、残念ながら引退試合になる最後の公式戦を棄権せざるを得なかった部活動もありました。今年度はその心配はありませんが、学校祭後に体調管理がうまくいかず、最後の試合で本領を発揮できなかった部活動もあると聞きました。顧問としても残念な終わり方は悔しいに違いありません。引退した3年生、本当にお疲れさまでした。これからは放課後に部室に行って着替える毎日がなくなります。今までの生活パターンからすると何だかぽっかり穴が空いた気持ちになるでしょうが、上手に切り替えて、受験に向けた「新しい日常」を送っていってください。

 この時期は先生方一人一人と面談をします。先生方とゆっくりと話せる大変有意義な時間です。授業のこと、クラスのこと、進路のこと、部活動のことなど伺っています。進学校なのでどうしても大学受験を背景にした話が多くなりますが、本日は、ある先生との面談で「大学入試共通テスト」が話題になりました。私が高校生の頃は「共通一次試験」でしたが、その後「大学入試センター試験」になりました。よく私もセンター対策の補習をやりましたが、問題のパターンが決まっており、ある程度「解法」を指導しやすい試験でした。ところが、大学入試共通テストになってから、とにかく問題文が長くなりました。「知識」や「テクニック」だけでは解けず、「思考力」「判断力」がないと解けない試験になりました。その本校で長く教えている先生の話によれば、一問一答式の問題はよく解けるが、共通テストの長い問題文の主旨を読み取って、それを数式化することが苦手な不動岡生が多いということでした。つまり「読解力」です。その後、「読解力」がない原因は何だろうという話になりました。以前、図書視聴覚部の先生方からは本の貸出率が低くなった、すなわち本を読まなくなったという話を聞きました。課題や予習が多く、本をゆっくりと読んでいる時間がないということもあろうかと思いますが、果たして「読解力」は読書量だけの問題なのでしょうか?

 現在、小学生や中学生用の通信添削教材も随分様変わりしました。最近ではタブレットを使って勉強ができます。教科書に載っている内容も分かりやすくダイジェストにしてまとめてあります。私たちの頃は教科書を読んでノートに自分でまとめました。教科書を読み、参考書で深く調べ、それを自分なりにまとめる、つまり自分用のダイジェストを作っていました。今では、教科書を読まずともわかりやすく要約されたまとめを覚えれば「点数」が取れます。学ぶ方からすれば便利ですが、そこに落とし穴があるのではないかという話になりました。生徒のためにわかりやすくまとめたプリントを作ってあげることが、もしかしたら生徒の読解力の育成を阻害しているのかも知れません。「読解力」は一夜漬けの短時間で身に付くものではなく、「読解力」をつけるのは国語の授業だけではありません。理系だから国語が苦手というステレオタイプな考え方ではなく、「読解力」は文系・理系関係なく「思考力」をつけるためには大切な力であるという認識が必要です。私は全ての教科で教科書を読み込み、大事なところを「要約できる力」をつけさせることが必要だと思っています。学び方を再考する必要があるのではないかと考えさせられました。

6月6日(木)進取の気風No.54 「異文化理解」

 曇り後晴れ最高気温28度。本日から通常授業再開です。No.53にも書きましたが、3日の午前中に片づけはほぼ終わり、授業の様子を見て回りましたが5時間目から生徒たちも先生方も学校祭の「匂い」を残さず切り替えていました。疲れと食後で眠気に打ち勝つのが大変そうな生徒もおりましたが…。インフルエンザ罹患者の報告を受けていましたので、本日の欠席者が気になっていましたが、体調不良者はいるものの学年閉鎖や臨時休校になることはなさそうなので安心しました。

 私は2日間の代休中に手元にある本を読んでこの進取の気風のネタを探しておこうと思いましたが、どうも数週間前から首の頚椎症が再発したらしく右腕が痺れるので中田病院で診てもらいました。先生からはデスクワーク等で長い時間同じ姿勢でいたり、猫背になっていたりしませんか?と聞かれ、そう言えば、この進取の気風を書き始めてから座っている時間が長くなり、運動不足でもあることを自覚しました。休みの間に学校に行って仕事をしようかと思いましたが、なるべく安静にしていました。歳だなあと感じましたが、不動岡高校に来てから元気なご年配・ご高齢の不動岡OB・OGにお会いすることが多く、まだまだ自分は若いと思うようになりました。頑張らなくては!

 さて、本日は5時間目と6時間目に2学年選択者の異文化理解講演会で元インドネシア大使館にお勤めだった野村昇氏を講師としてお迎えし、生徒とパネルディスカッションを行いました。浦和高校からインドネシア大学に入学し、卒業後は外務省に入ることになった経緯やジャカルタでの生活、苦労したこと、日本との違い、天皇陛下の通訳をしたエピソードなどを話してくださいました。パネルディスカッションではJICA国際協力推進員の髙橋雪子さんがコーディネーター役でドイツ研修に参加した土屋怜央君と英語の石田先生が加わり、「海外の方が日本よりも生きやすいと感じる時は?」と「多文化共生社会の実現によって起こり得る課題とは?」というテーマで意見交換がなされました。最後に野村氏が不動岡生に向けて、「自分の立ち位置を忘れてはならない、まずは自分を知ること。自分の好きなことを早く見つけて欲しい。しかし、早く結論は出さなくても良い。」とアドバイスをくださいました。

 教員は教科の専門として教えることはできますが、実際に経験したことのないものは調べて説明することしかできません。野村氏のように実際に経験したことをご本人から聞けるというのは大変貴重なことです。日本にしかいないと「多文化共生社会」ということは知っていても自分事としてなかなか捉えることができません。インドネシアは多民族国家なので常に「異文化」と生活しています。これから日本は外国人籍の比率が高くなると言われています。今までは異文化理解というと私たちが海外に行って学ぶものという認識できたが、これからは日本における異文化理解を学ぶことも必要になるでしょう。異文化理解選択の2年生は今後の探究活動で本日の講演をぜひ生かしてください。

6月3日(月)進取の気風No.53 「祭りの後」

 晴れ後雨最高気温25度。昨日の文化祭2日目の来場者数は5,231人で昨年度よりも1,000人近く多かったと聞きました。天気が悪かったにも関わらずご来場くださり心から感謝いたします。昨日の後夜祭についてブログでは書きませんでしたが、驚いたことは5分間の換気タイムを3回追加したにも関わらず、予定の18:35ピッタリに終了したことと肩を組んで大きな声でとにかく何度も校歌を歌っていたことです。応援部3年生の2人にとって引退にふさわしい最後の花道になりました。本日は8:50~11:00まで後片付け、11:20~12:20体育館にて閉会式が行われました。5月28日の開会式から6日間に渡る学校祭が終了し、体育祭も文化祭も大変盛り上がっただけに片づけは何となく寂しいものです。閉会式では表彰も行われました。体育祭団ダンス賞はE団、優勝F団、団旗賞がF団のフレディー・マーキュリー、文化祭の白楊賞アトラクション部門3-4、職員販売部門2-9、お化け屋敷部門3-8、そして総合白楊賞が3-4でした。最後に学校祭実行委員長の内藤日奈子さんが挨拶をしました。感動的なスピーチでした。

 不動岡生たちの疲れもピークに達していると思います。暑かったり寒かったりで体調の管理も難しかったと思います。実際に体調不良の人も出てきました。少しでも学校祭の余韻に浸りたい、疲れている中で2時間授業やってもあまり意味がないという声が聞こえてきそうです。実際に昨日、ある生徒から「なんで授業やるんですか-?」と恨み節が洩れました。答えは簡単です。「進学校だから」です。今年は例年よりも学校祭の準備期間が一日短く、さらに片付けの日に授業をやることにしました。それを教員が「そうだよね。こんなに疲れているのに授業をやったって身に入らないよね。」と寄り添ってしまったら、不動岡高校は真の「進学校」ではなくなってしまうと思うのです。学期末は半日で授業をやらない学校もありますが、期末考査後も普段通りに6時間授業をやっている進学校もあります。不動岡高校の教員として誇りを持っているからこそ先生方は「非情」になるのです。先生方の後片付けに関する連絡には「授業により集中しやすいように、学校祭の『匂い』を消すことに努める」と書いてあります。先生方だって5月24日(月)から8日連続勤務で午後から授業です。疲れていても教員自らがけじめをつけ厳しくすることで、不動岡生たちの気持ちを完全に切り替えさせること、それが不動岡高校には必要なことだと先生方はわかっているのです。特に3年生には閉会式終了後に体育館に残って切り替えのための学年集会が開かれました。「質実剛健」「不撓不屈」、これらはただの「名目」でしょうか。139年間受け継いできた「校訓」は言葉だけなのでしょうか。肩を組んで校歌を声高らかに歌う不動岡生ならわかりますよね。不動岡生の真の力が発揮されるのは、この「祭りの後」なのだと私は思うのです。

 本日から教育実習生18名が母校に戻ってきました。明日の埼玉教育を支える教員になって欲しいと思います。明日4日(火)と明後日5日(水)は文化祭の代休となります。進取の気風はお休みすると思いますが体調不良ではございません。

6月2日(日)進取の気風No.52 「不動の集い」

 曇り後雨最高気温20度。昨日は3,075人の来場者がありました。昨年度より100人多い人数です。ありがとうございました。朝、まだ誰も来ていない校舎を一通り見て回りました。昨日の満員御礼が嘘のように静まり返っていました。今日は9:30から一般客入場開始で、15:30が終了です。午後から雨の予報ですが来場者が沢山来てくださるといいなあと思いながら校内を回っていました。6時40分頃になると生徒たちが登校してきました。朝早くからの準備、本当にご苦労様です。15:40から18:35まで体育館にて後夜祭があります。本日は長丁場です。学友会の皆様も朝早くからありがとうございました。

 午前中は日差しが見え、書道パフォーマンスはできましたが、案の定、昼前には雨が降り出しました。中庭ではダンス同好会の公演の途中でしたが、生徒たちはずぶ濡れになりながらも最後までやり遂げました。天気予報では19時頃に降水量19ミリという大雨になる模様で、ちょうど完全下校時間に当たります。場合によっては校内待機にして小降りになるのを待つという判断をするしかないと考えながら、応援部伝統の「不動の集い」を観に行きました。体育館にて12:20から14:20の公演です。昨日、学友会事務局員で応援部OBの羽鳥正行さんが校長室にご挨拶に来てくださいました。羽鳥さんからは昔の不動岡高校応援部の話を聞かせていただきました。女子生徒が団長になった時のことや埼玉県六校による「日輪の下に」が実施されたきっかけと本校が再びこの日輪に参加できるようになった経緯などです。先輩たちの熱い想いが後輩たちに受け継がれ、今に至っています。団員数が減り、廃部の危機を乗り越えて、今に至っています。「不動岡の精神」とも言える応援部が志を持つ2人の新入生を迎え、今日、「不動の集い」で演舞を披露しました。入部わずか2か月足らずで習得しなければならなかった1年生は想像を絶する努力をしたことでしょう。「新人哀歌」をどうやって練習したのでしょうか。団長の大原智美さん、副団長の小林由佳さん、そして2年生の先輩たちが応援部ならではの「優しさ」で指導をしてきたのでしょう。応援部OB会の中村会長を始め多くのご年配のOBも見に来てくださり、公演後は部員一人一人に声をかけてくださいました。ありがとうございました。

 「不動の集い」は文化祭において応援部が主役になる公演です。普段は部活動の大会や学校行事で常に応援する側にいる応援部が主役になるかけがえのない濃厚な時間です。時を経てこの「不動の集い」を観終わった時、体育館にいる大勢の観客を見てふと思いました。不動岡の精神である応援部だけではなく、この不動岡高校に入学してくれた現役生、そして卒業したOB・OG全員のことを「不動の集い」と言うのではないだろうか。不動岡高校に集まり、不動岡の精神を受け継いだ者、それが「不動の集い」なのではないだろうか。そして、校長としてこの不動岡高校に何ができるのだろうかと「不動の集い」の興奮が冷めやらぬ体育館で思いにふけりました。

 体育館から出ると大雨でした。24ミリの豪雨です。雨のピークが早まったようです。16時には小降りになり、生徒の下校に影響はなくなりました。この後、参加希望者のみですが、後夜祭となります。後夜祭の様子はぜひ公式インスタグラムでご覧ください。

 

6月1日(土)進取の気風No.51 「伝統の文化祭」

 曇り後晴れ最高気温27度。夜中に雨が降り、朝方までポツポツ続いていました。昨日、中庭に出したパイプ椅子が濡れてしまいましたが、早朝、生徒会の生徒たちが雑巾で拭いていました。実行委員や生徒会役員の生徒たちはこの時期は睡眠不足のようですが、裏方に徹して本当に頑張っています。心から感謝します。

  朝早くから各クラスでは追い込みをかけていました。7時頃校内を見回りましたが、眠い目をこすってコンビニで買った朝食を食べている生徒もいました。今日の予定は8:50~9:20まで会場清掃、9:30~10:50まで体育館で開会セレモニー、11:00~一般客入場開始です。加須駅から不動岡高校直通の臨時バスも出て多くの来場者がありましたので開場が5分前倒しになりました。

 また、学友会の方々も早くから展示資料室での物品販売の準備をしてくださいました。午後からは加須市長の角田学友会会長も来てくださいました。目玉商品は質実剛健ポロシャツと質実剛健タオルです。現役の生徒たちも買いに来ていました。ちなみに展示資料室では昔の卒業アルバムを閲覧することができます。先生方の若かりし日の写真を見ることができるかも知れませんよ。

 不動岡高校は中庭が広く舞台もあるので、吹奏楽部、応援部チア部、軽音楽同好会などの演奏・パフォーマンスが大変華やかに見えます。藤棚と池のある広場では茶道部がお茶を立ててふるまってくれました。こちらも大変絵になります。理科学部生物班では顕微鏡でミクロの世界を見せてもらいました。文系の私にもわかりやすく説明してくれました。書道部と華道部との共同展示では書と花の見事なコラボレーションを見せてくれました。先生方の作品も展示されていました。

 同級生も沢山来校してくれました。そう言えば、私が高校3年生の頃は第31回文化祭でした。クラスで出来上がったばかりのパンフレットが配られた時のことを今でもはっきりと覚えています。担任のO先生が、「あのさー、よくわからないんだけど、“31th”じゃなくて“31st”じゃない?」「あっ」クラスのみんなは目線をそらして沈黙を貫き、見なかったことにしました。96回生、苦労した学年です、先生方が…。

 頑張って写真を撮っていましたが、全部は回り切れません。動画や写真の画像は公式インスタをご覧ください!いよいよ明日が学校祭最後の日です。天気は悪いですが、不動岡生にとっても来場者にとっても最高の文化祭になればと願っています。

 

  

5月31日(金)進取の気風No.50 「文化祭準備」

 雨後曇り最高気温22度。5月も今日で終わり、2か月が過ぎます。台風1号は温帯低気圧に変わり、朝方は大雨でしたが、次第に雨も弱まり午前中には雨は上がりました。明日の文化祭初日は晴れそうですが、2日目は曇り後雨です。昨日の体育祭の熱気が冷めやらない今日は終日文化祭の準備でした。昨日の完全下校は19時でしたが、ぎりぎりまで中庭で団長たちを中心に3年生たちが余韻を楽しんでしました。6月3日までの長丁場ですので体調が心配ですが、校内で準備している様子を見るとまだまだ元気なようです。廊下ですれ違った生徒から「校長先生、昨日は良かったですよ。」と挨拶されました。心なしか生徒たちとの距離が縮まった感じがします。その後、3年生のある生徒からクラスで射的をやるので校長先生の顔を射的の的にしても良いですか?と頼まれました。写真を撮らせてあげましたが、射的の的になってしまうのですね。距離が縮まった証拠だと解釈します。

 私の頃の文化祭は夏休み明けにありました。本来ならば夏休みや受験勉強に集中するところですが、高校生活最後の文化祭なので3年生の一部は夏休み中も学校で準備をしていました。私は、1年生の時は人間もぐらたたきゲーム、2年生は迷路、3年生はドッキリカメラをやりました。1年生の人間もぐらたたきゲームは階段の踊り場に設置してちびっ子たちに大人気でした。当時の加須市内の中学生はヘルメット着用が義づけられていたので、使わなくなったヘルメットを茶色に塗ってネズミの頭にしました。夏休み中に大きなべニア版を家の近くの工務店に行ってもぐらの穴を開けてもらい、暑い中、学校に運びました。みんなで色を塗ってデコレーションし、机で枠を作って固定し、文化祭当日までには完成しました。近所のおもちゃ屋さんで赤いピコピコハンマーを買い、制限時間内に何回もぐらの頭を叩けるかを競うというゲームでした。クラスの男子たちが順番を決めてもぐら役をやるのですが、これが暑い!しかも息苦しい。まさに蒸し風呂なのです。何度もスクワットをやることになるのでまさに地獄のトレーニングのようなものです。ちびっ子たちは台に乗ってもぐらの頭を叩くのですが、上から振り下ろせないので横から叩きにきます。うかつに顔を出すとピコピコハンマーが張り手のように横から飛んできます。もぐらたちは考えました。急遽、水鉄砲を買い、反撃できるルールに変更したのです。残暑厳しい暑い日にはもってこいのルール変更でした。激しく横からハンマーを振るちびっ子に応戦しました。最初はキャッキャッと喜んでしましたが、水鉄砲の反撃にキレたちびっ子は容赦なくハンマーを打ち込んできて、それに対し大人げなく更に反撃し、しまいにはちびっ子の頭がずぶぬれになってしまいました。その後、担任の先生から叱られたのは言うまでもありません。狭く暑苦しい空間で激しく戦ったもぐらたちが穴から出てくると全身汗びっしょりで、しかもヘルメットの茶色の塗料が顔中に広がり、本当のもぐらみたいな顔になっていました。みんなで大笑いした記憶があります。クラスの女子たちは「男子は馬鹿ね」とあきれ顔で見ていました。今では学校にクレームが来そうなアトラクションですが、あの頃は本当に平和でした。3年2組の時の「ドッキリカメラ」については機会があったら書きましょう。

5月30日(木)進取の気風No.49 「伝統の体育祭」

 晴れ後曇り最高気温29度。台風1号は、現在日本の南を北東に進み、明日31日には伊豆諸島に接近して関東でも雨や風の強まる可能性があるようです。台風1号の影響のない本日は6月下旬から7月上旬の暑さでした。係の生徒たちは朝早くから登校し今日の体育祭の準備を進めていました。

 予定通り、8時50分に開会式が始まりました。司会進行も含めてほとんど全てを生徒たちで運営します。そのトップが体育祭実行委員長の3年生大畑日眞梨さんです。彼女は意外にも運動部ではなく吹奏楽部に所属しています。9つある団の団長・副団長を指揮し、体育祭中は放送席となりの本部でこまめに指示を出していました。私はほぼ実行委員長の言う通りに動いていましたが、優勝杯返還の時にも一緒にパフォーマンスをやりたいと3年生にお願いされ、選手宣誓の際には9人の応援団長からも少しダンスを入れた寸劇をやりたいと言われ、結局は言われるがままに動いてしまいました。いつからこんな伝統が加わったのでしょうか。

 私は本部の最前列、不動岡生の競技が良く見える特等席に座っていましたが、もうもうと沸き起こる土煙りのため顔中が砂埃だらけでした。応援しながら41年前の体育祭のことを思い出していました。部活動対抗リレーではバスケ部のユニフォームに着替えてガチ部門に出場しましたが、当時も陸上競技部には叶いませんでした。あの頃は教員レースなんてありませんでしたね。そもそも若い教員があまりいませんでしたから。応援合戦も今のように団ダンスの形式ではなく、団ごとに寸劇やミュージカル風など全員ではなく代表による参加でした。男子の棒倒しと騎馬戦は体育祭の目玉でした。名誉の負傷を負ってでもヒーローになることが男子の願いでした。3年生の時の騎馬戦はある理由で忘れられません。私、バスケット部部長、ラグビー部フォワードと3人の屈強な肉体を持つメンバーで最強の騎馬を作り、その上にはクラスで一番軽量ですがすばしっこいやつを乗せました。作戦は、先頭でダッシュし、相手の一番強そうな騎馬をつぶして目立とうという単純なものでした。いよいよ1回戦。合図がなって私たちの騎馬はゲートの開いた競走馬のように一気に駆け出しました。少しすると審判の教員から笛を鳴らされました。もの凄いスタートダッシュだったため、上に乗っていた級友がそのまま後ろに倒れ、地面に落ちていたのです。それに気が付かず我々の最強騎馬は走り続けていたのです。2回戦目は慎重策でいこうということにしましたが、あまりにも慎重し過ぎて大きな戦いに遭遇することもなく終わってしまいました。現在の不動岡高校の騎馬戦は9人の団長によるガチの騎馬戦です。3騎で1回戦を戦い、勝ち残った3騎で決勝を行います。全員で囲んで応援し、最後に残った騎馬はまさにヒーローでした。

 閉会式の校長講評でも伝えましたが、私はこの4月に41年ぶりに母校に来た時、不動岡生は以前と違って、真面目で大人しくて、いわゆる優等生が集まる高校だと感じていました。しかし、今日の体育祭を見て、私がいた頃の不動岡らしさが残っていてとても嬉しく思いました。バカを本気でやれること、団のために真剣に勝負すること、体育祭を生徒自身の手で運営すること等今日の不動岡生を見て、もっともっと伸びる学校になると確信しました、さあ、今度は文化祭です。埼玉一の文化祭にしましょう!

5月29日(水)進取の気風 No.48「伝統の市中パレード」

 曇り後晴れ最高気温27度。台風1号の影響で朝から風が強いです。明日の体育祭は晴れる予報(最高気温29度なので熱中症が心配ですが)。翌日の文化祭終日準備の日は雨、文化祭当日は両日とも曇り後雨という週間天気予報です。中間考査が終わってから毎日のように週間天気予報をチェックしていますが、今のところ予定に大きな影響はなさそうです。不動岡生たちも天気予報を確認しているのでしょう。明後日は雨になることを前提に準備を進めています。

 今日は朝から体育祭と文化祭の準備です。昨日、びしょ濡れだった不動岡生は元気いっぱいです。校内の至る所か生き生きとした声が聞こえてきます。午前中には各団の団旗が校舎に取り付けられ初披露がなされました。メイキングは公式インスタにあげますのでご覧ください。

 さて、私たち教員が気をつけなければいけないことはこのような集団行事では「全員で協力して何かを成し遂げること」の美徳を強調し過ぎないことだと思っています。これだけの生徒数がありますと人間関係の構築が苦手なタイプもいるでしょうし、学校行事に対する考え方もそれぞれ違うはずです。以前、各団長が校長室に挨拶に来た際、一人一人に気配り・目配りするようにと話をしました。「ノリが悪い」の一言で気まずい思いをさせてしまったら学校行事はうまくいきません。早朝、各団で団ダンスの練習をしている時も何人かの生徒たちは自習室で勉強していました。あくまでも練習は自主的にやるもので強制ではないという認識が生徒たちの中であるようです。運動が得意な生徒やワイワイ盛り上げるのが好きな生徒がいる一方で、あまり体を動かすことが得意ではない、みんなで一緒に何かをやることが好きではない生徒もいるはずです。そんな生徒に対しても仲間意識を持って行事が終わった時に気がついたら楽しかったと思ってもらえるような心配りは必要だと思います。昨日の各団による結団式も水に濡れたくない生徒は適度な距離をとって参加していました。それも「参加」の一つです。社会に出れば当たり前ですが、価値観や考え方が全く同じ人はいません。その中で集団・組織として目的に向かって、自分の立場を理解し、それぞれの個性を生かしながら協働することの大切さを学校行事を通じて学んでくれたらと思います。

 また話が長くなってしまいました。今日は午後から伝統の市中パレードでした。午後1時に千方神社に集合し、加須警察署長にも参列していただき陣頭式を行いました。今回は加須警察署長の計らいで本校の風紀委員長である関根杏華さんが一日署長に任命されました。また、加須保健所の「薬物乱用防止キャンペーン」としてティッシュを配りました。午後からは晴れて暑くなりましたが、応援部、吹奏楽部、学校祭に参加するクラスや部活動の代表者総勢約300人が加須駅前から埼玉りそな銀行前を通り、ヤオコー前に出て学校までパレードをしました。道中、近隣の皆さんが手を振って声をかけてくださいました。ありがとうございました。応援部の歩き方は独特です。片足で交互にスクワットをやる要領で一歩一歩進むのです。重い団旗を支えるだけでも大変なのに筋力や持久力だけではなく相当の胆力が必要です。文化祭では「不動の集い」で演舞を披露します。入部したばかりの新入生にとっては過酷なスケジュールだと思います。それでも「不動岡の精神」である応援部には踏ん張ってもらいたいところです。学校に着いてからの校歌は圧巻でした。

 最後に、ヤオコーの駐車場をお借りして風紀委員たちが「交通安全キャンペーン」を行いました。当たり前のことですが、学校行事の主役は生徒たち、その主役の生徒たちにとって単なる思い出作りではなく、多くの学びがある学校祭であってもらいたいと思います。まずは明日の体育祭だ!心を燃やせ、不動岡生!!

5月28日(火)進取の気風 No.47 「学校祭始まる」

 曇り後雨最高気温24度。朝の天気予報では、九州から関東甲信にかけて広く雨で、局地的に非常に強い雨が降るとのことでしたが、こちらは午前中からポツポツ降る程度でした。昨日中に備品移動が完了し、本日は予定を1時間前倒しできました。午前9時から表彰式と壮行会、続いて開会式が行われました。その後、昼食をはさみ、各団の団結式・体育祭予行がありました。

 陸上競技部3年の齊藤悠斗君が男子800mで、2年生の山口歩華さんが女子走高跳で関東大会に出場します。壮行会では応援部がエールを力強くエールを送りました。全校生徒で歌う応援歌はやはり良いものです。2人とも自己ベストを更新できるよう頑張ってください。

 体育館では生徒たちはクラスTシャツを着て体育館に集合しており、9つの団に分かれていました。3年生が前に座り、2年生、1年生と並んでいます。こうして後輩たちは先輩たちの後ろ姿を見て学んでいくのです。第72回不動岡高校学校祭のテーマは「閃耀(せんよう)~永遠に煌めく僕らの青春を~」です。開会式の校長挨拶でも言いましたが、私が高校生の時は、「青春」という言葉は気恥ずかしくて口には出せませんでしたが、間違いなく不動岡生はこの「青春」の真っただ中にいます。そして、それは誰からも阻害されない特権のようなものです。その青春という特権を不動岡生たちはどのように使うのか楽しみにしていますと話しました。最後に、場を盛り上げて挨拶を閉めようと「心を燃やせ!不動岡生!!」と叫びましたが、予想以上に反応は薄く目論見は見事失敗に終わりました。ネタが少々古かったようです。

 ステージでは文化部発表会、後方の卓球場からは団長と副団長が漫才をして各団の士気を高めました。文化部発表はトップバッターが筝曲部、2番目が音楽部、3番目が書道部、ラストが吹奏楽部でした。生徒たちは前を見たり後ろを見たりと向きを変えることになりますが、文化部の発表と各団の余興を交互にやることで、発表する文化部の片づけ・準備がスムーズに行き、全体の進行に無駄がなく、さすがだなと感心しました。

 開会式が終わると、雰囲気は一転します。今度は時間を区切り、中庭に団ごとに集合して団結式です。団結式は団長を中心に掛け声を上げ、テンションが最高潮に達した時に、何故か用意されている水風船と水鉄砲でびしょ濡れになるのが恒例のようです。いつからこんな伝統が増えたのか知りませんが、3年生を中心にびしょ濡れで、その後、記念撮影。実は、昨日、天気予報では今日は雨なので教員の中では団結式は中止にするという案もありましたが、生徒からはどうせびしょ濡れになるのだから是非やらせて欲しいと話があったそうです。まだ、本番の体育祭と文化祭があるので風邪を引いたり、体調を崩されたりしては困るのですが、各学年主任が話し合って生徒の意見を通してくれたようです。

 その後は体育祭の予行でした。不動岡高校では体育祭予行は各団・各クラスで大縄跳びなどの集団競技を練習するためのもので全体で一通り流れを確認したり、予選を行ったりすることはありません。全て生徒たちが仕切り、30日の体育祭がぶっつけ本番です。明日と明後日は晴れて暑くなる模様です。この勢いを最後まで止めないで欲しいと思います。

5月27日(月)進取の気風No.46 「今日一日」

 曇り後雨最高気温23度。今にも雨が降り出しそうな天気でしたが8時前にはクラスTシャツに着替えて最後の応援練習に気合を入れていました。本日は40分3時間授業の後、4時間目に当たる時間で大掃除、その後12時から45分間の昼休みでした。

 今日は私も食堂を利用しましたので写真で様子を紹介します。食堂の入口付近にパン販売があります。小松ベーカリーさんのパンは不動の人気です。不動岡生たちは並んで順番を待っています。食堂は入口から入るとすぐに食券販売機があるのでまずは食券を購入してから定食、ラーメン、カレー、丼物等の窓口に並びます。豊富なメニューです。迷いましたが、Aランチ(550円)にしました。生徒たちはお弁当と一緒にラーメンを頼んだり、友達同士で一緒に食べたりしていました。

 12時45分過ぎには備品移動が始まりました。放送での指示は全て文化祭実行委員がやります。階上からは楽しそうな声が聞こえてきます。明日が大雨の予報なのでやれるところまで準備しておきたいところです。14時過ぎには体育祭実行委員と9人の団長が校長室に来ました。選手宣誓前にやる余興の打ち合わせです。生徒なりに考えてくれたのでしょうが、本番ではどうなるでしょうか。

 放課後には、生徒会から明日の壮行会と開会式、そして、市中パレード出陣式での挨拶を頼まれました。

 今日は軽く読める「校長日誌」にしました。校長日誌を読んでくださっている諸先輩方から、「長い文章だと高校生は読まない」「長文ブログは単なる自己満足だと思われる」「長くなる場合は半分にして、この続きは明日、とすると良い」「写真は多く貼らない」…などとダメ出しをくらったのでたまには気楽に日誌風にするのも良いかなと思いました。でも、せっかく撮りましたので写真を掲載します。

 

5月24日(金)進取の気風No.45 「千方神社」

 晴れ後曇り最高気温31度。とうとう30度を超えてしまいました。今日は40分7時間の日程でした。先生方は採点で大忙しです。中間考査のテスト返しが中心だったと思いますが、不動岡生の皆さん、いかがでしたか?もう見たくない点数であったとしても、がっかりしてうな垂れている暇があったら、わからなかった個所を今のうちに絶対に確認しておいてください。学校祭が終わった後にやれば良いなんて甘い考えは禁物です。取りこぼしをしないように今頑張っておくと本当に後で楽ですから。もし返却されたテストの点数にショックを受けたらNo.42を読んでください。勇気が湧いてくるはずです。

 この後の予定ですが、27日(月)も40分3時間でテスト返し、その後、大掃除。28日(火)は備品移動と開会式・表彰式、29日(水)は準備と市中パレード、30日(木)が体育祭、31日(金)が終日文化祭準備、6月1日(土)と2日(日)が文化祭、3日(月)は午前中片付け、5,6時間目は気持ちを切り替えて授業、4日(火)と5日(水)は代休です。今日も午後から出張ですので午前の途中から不在となります。開会式や体育祭の選手宣誓では校長を巻き込む計画があるらしく打ち合わせや練習?の時間が必要なようですが、27日(月)に頑張ります。それにしても、なかなかハードな日程です。週間天気予報も気になるところですね。また疲れが一気に溜まる時期ですので体調管理には十分気をつけてください。加えて、県内ではじわじわと新型コロナとインフル感染者が増えています。体育祭や文化祭当日だけではなく準備や片付け等においても、換気・手洗い・うがい等の基本的な感染対策を怠らないようにしてください。昨年度は、県内で6月上旬から出席停止措置人数、臨時休業措置件数が増加し、学校閉鎖に至る事例もありました。本校もその一つです。今年はそうならないように一人一人が気をつけましょう。

 さて、市中パレードは加須駅近くになる千方神社が出発地となります。千方神社は古くからこの地にあり、旧加須村の鎮守だったようです。「千方(ちかた)」という名は、あの百足退治や平将門討伐で知られる藤原秀郷(ひでさと)の六男藤原千方に由来しており、父の秀郷同様、この地方で仁政をしいた功績により鎮守千方大神として祀られたそうです。平将門の乱があった頃ですから平安中期ですね。そんな由緒正しい神社だったとはつゆ知らず、私は小さい頃からこの千方神社でよく遊んだり、初詣でに来たりしていました。小学生の時も放課後になるとみんなでこの千方神社に集まって、野球をしたり、泥警(ドロケー)をしたり、暗くなるまで遊んでいました。決まった時間になると紙芝居のおじさんが自転車でやって来て、「黄金バット」のような古い紙芝居をやってみせてくれました。おじさんが作る駄菓子も安くて美味しく、子供たちで長蛇の列でしたね。やんちゃな子供がまだ沢山いた昭和の時代でした。

 文化祭前に行う市中パレードも不動岡高校伝統の行事で、クラスで準備をしている間に応援部や吹奏楽部、生徒会役員たちがパレードをしていました。あの頃もクラスの代表が参加していました。教室で「いってらっしゃーい!」「いってきまーす!」という会話が交わされていたのを覚えています。駅前からパチンコ三楽に続く一本道は昔の商店街で「とりせん」がまだあった時代です。町中に人も多くいてパレードは盛り上がっていたようです。応援部の練り歩くような行進は伝統ですが、現在の私では十歩進むのもきついでしょう。時代は変わり、街並みも変わりました。しかしながら、変化の激しいこの時代に不動岡生が変わらぬものを残し、受け継いでくれています。ありがたいことです。鎮守千方大神も見守ってくれているような気がします。

5月23日(木)進取の気風No.44「加須弁」

 曇り後晴れ最高気温26度。中間考査最終日、最後の試験が終わった後の安堵の叫び声が聞こえてきそうです。今日から部活動再開。午後、出張先から学校に戻りました(決裁文書の山でした!)が、いつもの放課後の「音」と「声」が戻りました。そして、いよいよ体育祭と文化祭の準備が本格的に始まります。中間考査が終わったばかりでお疲れでしょうが、これからが不動岡生のエネルギー最大出力ですよ!

 さて、生まれも育ちも加須だった私に「文明の衝突」が起こったのは不動岡高校入学後です。「言葉」が違うのです。語尾が違う、イントネーションが違う、言葉自体が違う…。加須で生きてきたので自分が加須弁をしゃべっている意識はありませんでしたが、羽生出身者と行田出身者の言葉は加須のそれとは異なっており、不動岡高校内ではそれぞれの訛りの縄張りのようなものがありました。とはいえ、加須・羽生・行田の言葉は似通っているところも多いので縄張り争いのようなものには発展しませんでしたが、この3つの地域を一緒くたにして小馬鹿にしてきたのは春日部出身者でした。この辺りでは、「そうなの?」は「そーなん?」が共通語ですが、春日部出身者は「草南?草加南高校のこと?」と聞き返してくるのです。わかっているくせに聞き返してくるとは!今でも覚えているのは1年3組の同級生だったH君です。運動部だった彼もテスト一週間前は部活動がないので早く家に帰ることができます。授業が終わって放課になる頃に、H君は教室で大きな声で、「はぁ、けーんべやー!」と叫びました。すると周りから「けーんべぇー、けーんべぇー」の声。春日部出身者は何事が起ったのかという顔をしていました。

 またもや、校長室の本棚にある本を発見しました。「北埼玉地方の方言 加藤剛」2005年10月発行とあります。加藤剛さんは昭和5年に当時の三俣村生まれの方です。大学生の時に地元の方言を卒業論文にしたことが始まりで中学校で教鞭を執りながら埼玉県北東部の方言の研究をされていたようです。加藤氏の本はあいうえお順に方言が並べられており、まるで辞典のようです。同じ加須でも私の母の実家があった水深の方ではまた違います。私は小さい頃、母方の祖母が地元の人たちと話している会話は全く分かりませんでした。

 「いら」という副詞は英語のveryに相当する方言です。「いら困る」のように使います。「あさっぱら=朝早く」「いびる=いじめる、からかう」「うっちゃる=捨てる」「おっぺす=圧し潰す」「かっぱぐ=削る」「こわい=嚙み切れない」「ちっと=少し」「でれすけ=なまけもの」「なびる=こすりつける」「は~=もう」「きねえ=来ない」等等。挙げたら切りがないですが、久しぶりに出会った加須弁です。以前は不動岡高校生はいわゆる田舎者が多く、どこか野暮ったい人間の集まりで、誰かしらがイントネーションや語尾が訛っていました。地元から離れて久しく、普段はもちろん標準語ですが、今でも同郷の言葉を聞くと懐かしく感じられます。現在ではメディアも発達し、どこで生まれ、どこで育とうが標準的な言葉を使っています。久しぶりに不動岡高校に戻って気が付いたことは、加須弁が聞こえてこない(聞こえてきない、は加須弁)ということです。現役の不動岡生と直接おしゃべりをする機会は少ないですが、廊下やグランドで交わす不動岡生の会話に加須弁は聞こえてきません。地元出身が少なくなったこともありますが、そもそも「加須弁」を話す人自体が少なくなってきたのでしょう。私は中学時代の友人に会うと敢えて加須弁を使ったりします。そうすると相手も加須弁になってきます。不思議なものです。不思議なことと言えば、当時、さんざん加須弁を小馬鹿にしていた春日部出身者は不動岡高校を卒業する頃には、しっかりと加須弁をマスターしていましたね。

 21日(火)PTA華道サークルがあり、新しい作品を校長室に届けてくださいましたので写真を掲載します。フトイ(太藺)、カラー、ギボウシ(擬宝珠)の作品です。ありがとうございました。

5月22日(水)進取の気風No.43 「山を当てる」

 晴れ後曇り最高気温25度。今日と明日は年に一度、大宮ソニックシティホールで開催される全国高等学校長協会総会・研究協議会に出席しました。大学時代の同級生や研修で一緒だった他県の校長と会えるので毎年楽しみにしています。本日は東京大学生産技術研究所の大島まり教授の講演も聞きました。機会があったらこの講演について書きたいと思います。そして、不動岡高校のホームページがマイナーチェンジしました。普段は一斉送信メール、Google Classroomで事は足りますが、このHPもどうぞご活用ください。

 不動岡生は考査三日目でした。定期考査は、勉強する教科の範囲も広く、ある程度は勉強してもどうしても納得いくまでには程遠く、結局は不十分な状態で受けることになることがよくあります。そんな時は、もう少し早く取り掛かっていれば良かったと後悔し、次の期末考査ではしっかりやろうと心に誓うのですが…。とはいえ、4日目の最後の教科が終わった時の解放感は最高ですね。あと1日です!

 さて、「山が当たる」という言葉があります。「山」とは鉱山の意味で、予想が的中して鉱石が出るという時に使われていたのでしょう。山が当たれば一攫千金ですから最高です。よくテストでも「山が当たる」ことがあります。全部を復習している時間がない時に出そうなところを予想してそこだけは徹底して準備しておくのです。山が当たれば高得点が狙えますが、逆に「山が外れる」と悲惨な目に遭います。友人でも山を当てるのが得意なやつがいました。お互いに試験前に予想するのですが、その得意な友人はよく当たるのです。その頃は、運が良い人はいるものだとしか思っていませんでしたが、教員になってテスト問題を作成する側になってみると違った考えを持つようになりました。教員側は大切な内容、是非ともしっかり身につけておいてもらいたい知識等を優先的に問題にします。それからちゃんと授業中に教えたことが理解できているかを確かめるために難易度の高い問題も折り混ぜます。関連した応用問題も入れますが、授業の内容を理解していれば解ける問題にしてあります。問題を作成する教員側の身になって考えれば、自然とこの辺りの問題が出そうだと予想が立ちます。つまり、山を当てるのが得意な人は、授業中よく教員の話を聞いていて、どこが大切なのかをわかっていたのです。更に、そういう人は人に教えるのも上手く、ポイントをよく押さえています。人に教えてあげられるということは自分がちゃんと理解している証拠ですが、実は人に教えることでより理解が深まり、定着してゆくのです。そう考えると、「山」は当たるべくして当たっていたのかも知れません。逆に、よく山を外す友人はまさにギャンブラーでした。よくもここまで出そうにないところに山を張るなあと感心したこともあります。ですから、テスト前には勉強ができるやつに「どこが出そう?」とまるで予想屋に尋ねるように聞きにいく友人もいました。教員側としても生徒に簡単には予想されないよう苦心して問題を作成しますが、渾身の問題に見事に正解した生徒には全員の前で褒めてあげたい気持ちになります。しかし、当時の不動岡高校の先生方はどうだったでしょうか。ただ覚えているのはどの教科もやたら平均点が低かったということです。鼻からそう易々と高得点を取らせないぞという意気込みが感じられるテスト、いや、勉強をさぼっている人間は容赦なく奈落の底に突き落とすテストだった気がします。それは、当時の不動岡高校の先生方特有の愛の鞭だったのかもしれません。そうやって私たちは逞しくなったものです。

5月21日(火)進取の気風No.42 「私にとっての物理」

 晴れ後曇り29度。中間考査二日目です。今日で4日間の半分が過ぎました。これからが体力勝負です。今週は気温が上がる見込みです。体調管理には十分気を付けてください。

 さて、昨日は、偉そうに定期考査の目標は「平均点+20点」を目標にしていたと書きました。恥を忍んで不動岡生の皆さんに告白しましょう。私が高校2年生になると物理Ⅰの授業が始まりました。確か当時は2年生までは文系・理系に分かれず、全員が同じ教育課程で全ての教科を学習していました。物理の教科担当はN先生で、昔のさだまさしさんのようにスラっとした長髪で、サングラスほどではないですが色付きの眼鏡をかけ、語り口も優しい感じの先生でした。ところが、見た目とは裏腹に、最初の授業でいきなり「物理がわかるようになるためには微分積分がわからないとダメなので今日からまず微分積分を教えます。」と数学の授業を始めたのでした。数学Ⅰを履修したばかりで、「微分の事はびぶん(自分)でやれ!」なんて冗談がまかり通っていた時代でしたが、とにかく面喰いました。そして、何時間目か経った頃、あまりのスピードにさすがについていけなくなりました。一通り、微分積分を教えた後で、物理の教科書に入り、1学期中間考査を迎えました。授業についていけなかったのですから考査一週間前の追い込みも十分に機能するはずがありません。

 確かに平均点は低かったですが、返却された答案は何と「8点」!100点満点中8点!!生まれて初めて取った一桁の点数でした。当時は親にテストの点数を見せることなんてしていませんでしたが、さすがにこれはまずいと思い、帰り道に今はなくなってしまいましたが、よく行っていた「青年書房」という本屋さんに駆け込み、物理の参考書と問題集を買いました。結果的には期末考査で何とか挽回し、最悪の事態は免れましたが、それ以降、物理を好きになることはありませんでした。3年生では国立文系クラスでしたのでN先生との関わりはなくなりましたが、高校卒業後に理工系の大学に進んだ友人や先輩が高校時代に習ったN先生の授業は大学に行ってからものすごく役立ったとよく言っていました。結局、物理の良さは全く分かりませんでしたが、工業高校の校長になった時、機械科・電気科の教科書では物理の内容を扱っており、その教科書を見て唖然としたことを覚えています。工業高校生はこんな難しい教科書を勉強するのか(教科担当の先生にとっては簡単らしい)、物理の知識が機械・建築・電気の分野でこれほどまでに必要なのか(単なる計算問題ではなく日常生活にある工業分野)。1年生で習う「工業数理基礎」では、交通手段である自動車・電車・自転車のなどの具体的な事例を取り上げて、ベクトル・直線運動・円運動・動力とトルクなどの事象を学んだり、水流についてはパスカルの法則・ベルヌーイの法則、電機ではキルヒホッフの法則、建築物や橋などでは力のモニュメントなどを学んだりします。当時、仕事でよく行っていた日本工業大学では理工系の研究についても教えてもらったりしました。高校時代にこんな世界を知っていたら人生が変わったかもしれないと思いました。今からでも遅くはないと工業系に行った同期が冗談交じりに言うのですが、物理で8点を取ったコンプレックスとトラウマがその一歩を踏み出させてはくれないのですよ。

 最後に、皆さんにお知らせです。不動岡高校のHPがリニューアルします。公式インスタも始めます。乞うご期待!!それから、私は明日22日(水)から24日(金)まで出張となりますので、校長日誌をお休みするかも知れません。それほどまでには期待されていないのはよくわかっているのですが、念のためです。

5月20日(月)進取の気風No.41「予防線」

 雨後曇り最高気温23度。18日(土)は30度近い気温でしたが、今日は肌寒い一日です。本日から中間考査です。教室から離れたこの校長室にもピリピリとした雰囲気が伝わってくるようです。みんな、頑張れ!

 以前、ある家庭教師のCMでアニメのアルプスの少女ハイジが使われていました。パロディとして複数のCMが面白く作られていましたが、その中の1つでハイジとクララがこんなやり取りをしていました。ハイジがクララに「夏休みだけどちゃんと勉強してる?」と聞くとクララが明るく「全然してない!」と答えます。するとハイジが「アハハ、そっかー」と転げまわり、その後、ぼそっと「絶対やってるよ」と呟きます。初めてこのCMを見た時、クスっと笑ってしまいました。「今日の英語どう?完璧?」「全然、昨日、寝ちゃってさー」「そっかー、大丈夫だよ、〇〇なら!」とテスト前に友達同士でこんな会話が交わされませんか?

 「『鬼滅の刃』で心理分析できる本(清田予紀著 三笠書房)」を読んだ時、目に留まった章がありました。「自信のない人ほど『予防線』を張りたがる」という章です。つい言い訳をしてしまうことを、心理学では「セルフ・ハンディキャッピング」と言うそうで、周りから評価を下げたくない、ミスを小さくしたい、という心理から失敗したりうまくできなかったりした時のために先に言い訳して自分を守ろうと予防線を張るというものです。そう言えば、カラオケで自分の順番が回ってきた時に「今日はちょっと喉の調子が悪いけど…」「久しぶりに歌うからうまく歌えるかなー」なんて自分も「予防線」を張ることがあるなあと思いました。更に著者は、予防線を張っておいてうまくいったら成功の喜びを大きくする効果もあり、どちらに転んでも自分の都合の良い方向に持っていけると書いています。なるほど、無意識に多くの人は普段からこういう「予防線」を張っているものだと感じました。全然勉強してないと言っておきながら、答案返却でクラストップなんて聞くと、内心「むむ」と思うかも知れませんが、人は誰でも「予防線」を張るものだとわかれば感情的になることはありません。まして、こんな会話くらいで人間不信になったり、友達関係が悪くなったり、自分より周りは陰で頑張っていると思い込みどんどん不安になったりしては高校生活が辛くなる一方です。とにかく、他人のことは気にしないことです。気にしても無意味ですから。

 陸上競技の世界は「自己ベストを更新する」ということに重きを置いています。競技である以上、入賞して上位大会に出場することが目的ですが「自己ベスト」を超えることを自分の目標にすることで随分意識が変わると思います。自分の記録を破るために、細かなトレーニング計画を立てて調整し、日々の体調管理に努める、自分の体を客観視して分析し、どうすれば本番で最高のパフォーマンスを出せるのかを考えて行動に移し、うまくいかなかったらその原因を探り、次の大会に向けて再調整していく、これは勉強にも当てはまるのではないでしょうか。私は高校時代、兄から定期考査は「平均点+20点」を目指しなさいとアドバイスされました。全教科は至難の業ですが、1年生の時はこの目標のために最高のパフォーマンスが出せるように努力はしていたと思います。もちろん自分よりも頭の良い人は沢山いますが、まずは自分の目標に向かって努力することが大切だと思っていました。

 前述の著者は、こんなことも書いています。「でも、言い訳をする人は、しない人に比べて何かを達成する確率が下がるというデータがあります。始まる前から逃げ腰でいたら、うまくいくものもいかないですものね。『セルフ・ハンディキャッピング』は自分を守る便利な方法ではありますが、本気で何かに挑戦するのであれば、やる前に言い訳はしない方が身のためだということです。」不動岡生にとって「本気で挑戦する何か」とは何でしょうか?皆さんにとっては今のところ大学受験がそれに該当するのでしょうが、まず、「やるだけのことはやった」という気持ちで受験に臨めるよう努力してください。老婆心ながら一言付け加えておきますが、長い人生、大学受験よりも「本気」にならなくてはならないものにいつか出会いますよ。

5月17日(金)進取の気風No.40 「朝の交通指導」

 晴れ最高気温27度。明日は29度にもなる見込みです。今日は清々しく、気持ちの良い朝でした。今日と5月20日(月)の2日間は交通指導があります。担当の先生方が加須駅前から不動岡生の登校する道路の随所に立って登校の様子を見守ります。私が高校生の頃は学区制があったからかも知れませんが、地元の加須、羽生、行田から通う生徒が多く、電車通学よりも圧倒的に自転車通学者が多かったです。今でも覚えていますが、ある日、先生方が自転車通学者が主に通る道の交差点で交通指導をしていました。聞くところによると、信号を無視したり、道路を斜め横断したり、不動岡生の自転車マナーが悪いと地元住民の方々から苦情が多く寄せられていたとのことでした。現在は、自転車通学者は全体の14%、電車通学者が76%、バス利用者が8%という割合です。バスに関しては武正前校長の時に朝日バスと交渉してバス停を不動岡高校の近くに変更してもらったおかげで、本数には限りがあるものの、鴻巣市や北本市出身の生徒も通いやすくなりました。電車通学者が増えた分、今度は歩いて登校する不動岡生が道に広がったり、スマホのながら歩きをしていたり、通行の妨げになると苦情が増え、今では1年生と2,3年生の通学路を分けています。こうして随時、交通指導をするのも不動岡生の安全を見守ることが第一の目的ですが、教員にとっても校外に出て生徒たちの様子を見ること、そして地元の皆様にもご理解をいただくことも大切なことです。それに、朝、交わす「おはようございす!」という挨拶も大切です。お互いに気持ちよく1日が始まりますから。

 数日前の雨の影響なのか、近くを流れる会の川(あいのかわ)の水かさが増していました。学校に戻る途中で、諏訪神社の脇を通ったので撮影してきました。昔は寄り道して境内に腰かけていた不動岡生もいましたが、今ではただ通り過ぎるだけのようです。

 放課後、この校長日誌を書き終えようとした時に、男子生徒が校長室に入って来ました。どういうわけか昔の不動岡高校の校舎の写真を見たいというのです。中間考査が目の前だというのに気になって仕方がないとのこと。もう一人の友達も来たので展示資料室の鍵を開けて私立埼玉英和学校の校舎の模型とパネル、県立に移管されてからの校舎の写真、まだポプラ並木があった頃の写真などを見せて昔の不動岡について説明してあげました。なぜ、この二人が急に校長室に来ることになったのか不明でしたが、二人とも真剣なまなざしで話を聞いて写真などに見入ってました。これで勉強に集中できます!と帰っていきました。さあ、不動岡生よ!この土日を挟んで、来週の月曜日から中間考査です。他人の事は気にせず、自分のためにできる限りの努力をしてください!頑張れ!

 

 

5月16日(木)進取の気風No.39 「不正の代償」

 曇り後晴れ最高気温26度。昨夜から降り始めた雨は早朝まで続き、不動岡生が登校する時間帯もぽつぽつと降っていました。天気が定まらず気温差もあるので体調管理には十分に気をつけてもらいたいと思います。

 昨日のニュースで知りましたが、本日の朝刊でも話題になっている事件があります。それは、早稲田大学の入試で眼鏡型端末を使って問題を撮影し外部に流出させていた事件です。埼玉新聞の記事によると「スマートグラス」という端末は眼鏡のように装着して外部と映像や音声のやり取りができ、両手が自由に使える点から医療や農業などの多様な業種の現場で活用されているそうです。本来ならば、人のために開発された技術なのに、こうして悪用されるのは大変残念なことです。試験中に問題用紙をスマートグラスで撮影して手元のスマートフォンに転送、それをSNSで外部に入出させ、お金と引き換えに複数の人物から解答を送信してもらっていたようです。解答を送った一人はこれが最初は不正に使われているとは知らなかったようですが、後になって不正だと気づき警察に通報して発覚されたとのことです。結果的にはこの受験生は合格していなかったのですが、偽計業務妨害容疑で書類送検されました。皆さんの記憶にも新しいと思いますが、2022年1月の大学入試共通テストで世界史Bの問題の画像を流出させた受験生がいました。同年、一橋大学の入試でも同様の手口で受験生は有罪判決を受けました。今回の事件を起こした元受験生は「共通テストの結果が悪く、志望の国立大学に落ちた。他の大学も落ちることが不安で不正を思いついた」という趣旨の供述をしていると記事にあります。

 これから大学受験をする不動岡生はこの元受験生の供述をどのように捉えたでしょうか。新聞には都内の私立高校3年生だったということですが、想像してみると、私立高校に通いスマートグラスを購入できるくらいなので家庭は経済的に余裕がある、共通テストで国立大学を狙っていた、また早稲田大学を受験したということから都内の進学校に在籍していた生徒ではないでしょうか。おそらく私立の進学校に合格するため、小学校か中学校で塾にも通い、成績も良い方で、保護者や周囲の期待も大きかったに違いありません。本人には難関大学に合格しなければならないという他人にはわからないプレッシャーがあったのかもしれません。普段は成績が良かったのに、受験直前で成績が伸び悩んでいたのかも知れません。本人にとっては已むに已まれぬ事情があったのかも知れません。しかし、今回は早稲田大学受験で計画的に不正をするために準備をしていたはずですが、その時に絶対にばれないという自信があったのでしょうか。おそらく進学校に在籍して勉強もできていたはずなのにばれたらどうなるのか、カンニングして合格した大学に合格して本当にうれしい気持ちになれるのか、そんなことを想像できなかったのでしょうか。今日の読売新聞の編集手帳では「澄む」と「濁る」の言葉遊びの話で始まっています。「ためになる人」「だめになる人」のように「た」に濁点をつけて「だ」にすると大きく意味が変わります。「スマートグラス」は本来は人の「ためになる」便利な道具を、自分を「だめにする」のに使用した例だろうと書いています。そして、合格していなかった上に「事件の容疑者になるのであれば、これほど愚かなことない。たとえ合格しても不正がばれなかったとしても、どんな心持ちでその後の生活を歩むのか。澄むと濁るの違いを、多くの受験生に長い人生を想像しながら考えてもらいたい」と綴っています。もし志望校に行けなかったら、滑り止めだった大学で学科でトップになるくらい頑張ってみれば良い、どうしても志望校に行きたかったら浪人という選択肢だってある、それなのに今回の事件はあまりにも代償が大きいものです。進学校の校長として、日本の教育はこんなことで良いのだろうかと考えさせられました。

5月15日(水)進取の気風No.38 「考査前の風景」

 晴れ後曇り最高気温25度。5月も半ばとなり、木々の葉が鮮やかな緑色になってきました。普段何気なく通っている東門から見える風景は森の入口のような感じがします。早朝に通ると何となく空気もおいしいような気がします。今日も朝早くから登校する不動岡生がいました。中間考査前ともあって気合が入っているようです。

 こっそりと始めたこの校長日誌も他校の校長先生や学友の同輩、先輩方がさりげなく読んでくださっていると耳にしました。ある保護者からは中学生の息子に読ませていると伺いました。気恥ずかしいですが嬉しい限りです。そもそも現役の不動岡生に勉強の合間や電車の中で読んでもらいたいと始めたものですが、最近、書くのも慣れてきたからかついつい文章が長くなってしまい、たまにはもう少し気楽に読んでもらえる内容にしないといけないと思っています。今日は7時限ある日なので16:15終了、清掃・SHRで放課。17時前に校舎内を巡り、考査前の不動岡生の様子を写真に収めてきました。

 不動岡高校には勉強できる場所が至る所にあります。まず、教科研究棟の1階に学習室があります。ここは机に仕切りがあるので一人で集中して勉強するのに向いています。メディアセンター前のスペースはグループで勉強できます。今日も仲間同士で勉強していました。HR・管理棟1階の進路資料室も朝から活用している3年生が多いです。赤本と青本に囲まれて大学受験勉強に最適な部屋です。実は不動岡生にとって「便利な」勉強場所があります。それは、教科研究棟の連絡通路のスペースです。ここは各教科準備室が近いので、わからないことがあったらすぐに先生に聞けるのです!国語の質問に来ていた1年生がVサインをしてくれました。職員室前では生徒たちが3人で先生に質問していました。人それぞれ勉強の仕方が違いますが、不動岡高校は放課後も活気に満ち溢れています。

 

 

5月14日(火)進取の気風N0.37 「ゆとり教育を再考する」

 曇り後晴れ最高気温22度。5月12日(日)埼玉新聞に「ゆとり教育は『失敗』か」という記事がありました。ちょうどバブル経済が崩壊してこれまでのやり方では通用しないという危機感があり、教育現場ではいじめ、自殺、不登校、校内暴力等で混乱していた時代の話です。当時は学級崩壊、学校崩壊という言葉も広まりました。それまでの暗記中心の詰め込み教育、過重な偏差値教育への反省から旧文部省は「ゆとりある充実した学校生活」の実現を掲げ、学習量を減らし、余裕ができた時間を家族・地域で学べるようにしようとしました。ゆとりへの転換は経済団体からの要望でもありました。1987年から2004年生まれの世代、今年で20歳から37歳になる世代です。学習内容の3割減、週5日制の完全実施、総合的な学習の時間の創設など平成元年(1989年)から教員として現場にいた私にとってもゆとり教育を前面に打ち出した学習指導要領が高校にも適用された際は大きな変化を感じたものです。当時、文部科学省でゆとり教育を推進してきた寺脇研氏の著書も読みましたが、これからの日本の教育はこのように変わるのかと不安もありましたが期待する気持ちの方が強く前向きに捉えていました。「思考力」や「表現力」を中心とした「新学力観」、特に「生きる力」という言葉が教育現場で使われるようになりました。当時、私は進学校に勤めていましたが、「総合的な学習の時間」は大学入試の補習的な授業にしてはならないという教育委員会からの指導もあり、どんな講座にしようかと試行錯誤したことを覚えています。

 その後、この「ゆとり教育」はどうなったでしょうか。本来ならば、おおよその検討をつけさせることで全体を把握させることが目的だった、円周率を3.14ではなく、3で教えることへの批判がメディアによって広がりました。さらにPISAで日本の学習到達度が下がる結果になり、学力低下への批判はますます強くなりました。高校現場からすると学習指導要領で学習内容を3割減にしても大学入試制度は変わらず、特に進学校では予備校や塾で保管しなければという風潮が広まったように感じます。その後、いわゆる「揺り戻し」が行われました。2011年に「脱ゆとり」の学習指導要領が小学校で全面実施され、再び学習量が増加されたのです。1987年から2004年に生まれた人たちは「ゆとり世代」と言われ、何かと否定的な印象が持たれていますが、早稲田大学の岡本智周教授への取材をもとに記事には次のように書かれています。「彼らと実際に接して感じるのは、自分の意思を伝えたり、他者に配慮したりすることの巧みさだという。1971年生まれの岡本にとって同世代の他者は『追い落とす相手』だったが、『ゆとり教育でグループ学習などを経験してきた人たちは、互いを受け入れるスキルが身に付いている。』」また、ゆとり世代は「多感な時期に急激な社会の変化に直面し『将来への希望もなく、自分でなんとかしないといけなかった世代』」ですが、大リーグの大谷翔平選手の「マンダラチャート」などに見られる今までにない思考法はゆとり世代の特長なのかもしれません。「世界中で活躍する同世代を見て、『変化を許容する力を持っているからこそ、多様な未来をつくっていけそうだ』と1991年生まれのフリー編集者である角田貴広氏は述べています。

 そして、今、「主体的・対話的で深い学び」を掲げた学習指導要領が実施され、不動岡生はその中で教育を受けています。前回の「ゆとり教育」が定着しなかった大きな要因の一つに大学入試があります。しかし、大学入試改革が進められ、大学入試自体が知識のみを問うのではなく、思考力・表現力・判断力を問うものに変わってきました。「ゆとり教育が目指したものが今になって定着してきた」と寺脇氏は述べています。更に「なぜ学ぶか、それをどう生かすのかを考える必要性が高まっている。ゆとり世代が学んできたことは、実は強みになっているんです」と締めくくっています。AIなど技術が著しく変化し、その激しい変化に対応する力を身につけなければ、日本は世界で取り残されてしまいます。不動岡高校の教育は大学入試だけで終わるのではなく未来に続くものでなければならないとこの記事を読んで強く感じました。

5月13日(月)進取の気風No.36 「考査一週間前」

 雨最高気温21度。中間考査1週間前となりました。1年生にとっては初めての定期考査になります。考査一週間前は原則として部活停止となり、勉強に集中できるようになります。先生方の方は、生徒たちが十分に準備できるように早く試験範囲を終わらせようと必死な時期だと思います。私は高校時代、一週間前に大きな広告の白い裏面を使って入念な計画を立てていました。まずは大きなスケジュール表を作るために定規でマス目を引き、定期考査の日程と苦手教科との組み合わせを考慮しながら、やるべきことを1日単位で書き込みます。問題集などのページ数も書き込んで自分で納得のいく計画を立てるのですが、大体初日は完成した計画表に満足し、これで考査はばっちりだと妙に安心し、気がつくと初日から予定が遅れ、数日後に計画の練り直しをすることもあり、残念ながら結局は徹夜の追い込みをするという状態もたびたびありました。世界史などは自分でもう一度調べ直してノート作りに励み、これを覚えれば完璧だと完成したノートをうっとりと眺めるのですが、問題集でアウトプットの練習をせず、ひたすら暗記をしようとして大体一夜漬け。テストでは何とか点数は取れるのですが、短期記憶のため大学入試の際に勉強し直さなければならないという羽目になりました。そう言えば、兄の勧めで古文動詞の活用表などをこれも広告の裏に書き写し、見えるところに貼っておいたりしました。トイレや洗面所にも数学の公式などを貼っていましたから家族は迷惑だったことでしょう。

 不動岡生の皆さんも満足のいく点数を取るために日夜努力をしていることでしょう。本来、定期考査は学んだことがどれだけ理解できているのか、その到達度を図るためのものです。一夜漬けの短期記憶で点数を取ったとしてもテストが終わったらすぐに忘れてしまっては何の意味もありません。定期考査では良い点数を取れるのに模試では散々な結果で、更に大学入試のためにもう一度しっかりと復習し直さなければならない事態となってしまいます。インプット中心の勉強ではなく、アウトプットする練習を多くした方が記憶の定着が図れます。高校時代は、完璧にノートにまとめてから問題集をやろうとして計画倒れになっていましたが、中途半端な状態でも問題集等で多くの問題に当たり、繰り返しやることでアウトプットと同時に自然としかも確実にインプットされると気づいた時にはもう高校を卒業していました。とにかく暗記中心の力技では使える力は養えないということです。

 今は、「これさえ覚えれば完璧」なんて勉強法はありません。学んだ知識を使っていかに応用力、考える力をつけるかが大切です。点数を取ることばかりに集中しすぎて本質的な学びをしていない場合があります。1年生は初めての定期考査の結果に一喜一憂するでしょうが、上手くいかなかった場合は、試行錯誤を繰り返すかもしれませんが、もう一度自分の勉強法を振り返ってみると良いと思います。点数が悪いと劣等感を抱き、自信をなくしがちになりますが、それは自分に能力がないのではなく、頭の使い方や勉強の仕方に問題がある場合があります。どのように勉強したらよいかわからないと思う人もいるかもしれません。遠慮なく友達や先輩、先生に聞いてみてください。最終的には自分なりの勉強法は自分でしか見つけられません。定期考査は何がわかっていないかを自分で知るためのテストであり、できなかったら点数だけを見るのではなくもう一度できなかったところを復習し、ちゃんと「穴」をふさいでおくことが大切です。落ち込むのではなく、今、わからないところを確認できて良かったと思えるくらいが良いと思いますよ。

5月11日(土)進取の気風No.35「PTA」

 晴れ最高気温28度。今日も清々しい天気です。電車で加須に向かう途中、ちょうど鷲宮駅から花咲駅の間、田園風景の中を通過します。GW中に田植えが済み、田んぼの水面に青空が映っていました。昔はもっと田んぼが広がっていましたが荒れ地が目立つようになってきました。跡継ぎがだんだんと減ってきてしまったのでしょう。

 本日は1時間目が学校祭(体育祭)の結団式、2時間目が第1学年保護者会、3時間目が第2学年保護者会、4時間目が第3学年保護者会、そして午後からPTA・後援会総会でした。結団式はA団からI団まで決められた場所に集合し、団長を中心に士気を高め、団全体で応援合戦などの練習をします。限られた時間の中で計画的に準備を進めることも大切な学びです。各団とも1年生から3年生までの3クラス分の人数を束ねて全体を指揮することは大変なことですが、これは3年生に課された使命です。この3年生の姿は後輩たちの代になった時に生かされるでしょう。本番が楽しみですね。2限目以降は授業ですが、同時進行でFホールにて学年保護者会を開催しました。多くの保護者に参加していただき感謝いたします。ただ、大変残念なことに一部の保護者様が近隣のスーパーマーケットの駐車場に車を停め、店舗並びに地元のお客様に大変な御迷惑をかけてしまいました。校長としてすぐに謝罪に行きましたが、直ちに保護者会中、授業中であっても放送を入れて速やかに車の移動をお願いしたいと強く要望されました。急遽、一斉送信メールを送りお知らせしましたが、今回の件により保護者会の開催方法や来月行われる文化祭の公開方法も再検討しないといけない事態になるかも知れません。店長のお話では、売り上げの問題ではなく、昼時前に買い物にいらっしゃった常連客や地元のお年寄りの方が遠くの駐車場にしか車を停められず、暑い中、それに足腰も弱い方もいらっしゃるのに歩いて来なければならないことが大きな問題だということでした。おっしゃるとおりだと思います。駅から遠い高校に共通する問題ですが、校内に駐車スペースを十分確保することができない以上は保護者様のモラルに訴えるしかありません。大変申し訳ありませんが、御理解ください。

 さて、最近、巷では何かと話題になっているPTA活動ですが、本校の保護者の方々は非常に協力的なので常日頃から大変ありがたく感じております。生徒はもちろんですが、保護者からも信頼され、不動岡愛を持っていただけるよう努めてまいりたいと思います。その意味では、保護者の皆様は不動岡高校の「ファン」ではなく「サポーター」だと思っています。サッカーのサポーターは自分自身を12番目の選手だと自負しており、だらしないプレーがあったり情けない負け方をしたりした時には叱咤してくれます。頑張った時には激励してくれます。保護者の皆様とはそんな関係でありたいと思っています。今回の総会では、PTA組織、業務の改定案が協議されました。具体的にはPTA支部単位の活動を廃止し、PTA支部組織を解散するというものでした。今まで第1支部から第9支部までありましたが、生徒募集が全県一区になってから不動岡高校に在籍する生徒の居住地も広範囲になり、長く続いたコロナ禍で引継ぎ等も難しく支部役員の方々の負担も大きくなっておりました。直接、ざっくばらんに教員と話す機会があるというメリットはありますが、これも時代の流れだと思っています。長い間、支部組織を運営してくださった役員の皆様に改めて御礼申し上げます。そして、本日、木村慎一PTA会長が就任し、昨年度PTA会長でした鹿児島徹氏が後援会会長となりました。木村新PTA会長も本校の卒業生で高校時代は野球部に所属していた方です。新たなPTA組織の運営にお力をいただければと思います。よろしくお願いいたします。

 

 

5月10日(金)進取の気風No.34 「文理融合」

 晴れ最高気温26度。久しぶりの爽やかな朝です。早朝の団ダンス練習にも勢いがあります。

 昨日の3年生のリベラルアーツのテーマは「コピペは不正か」というテーマでした。「不正の例を挙げ、引用の意味を考える」「理系のコピペと文系のコピペはどこが違うのか考える」ということが論点となり、これから大学・大学院で学ぶ不動岡生が話し合いながら考えることが目的なのでしょうが、本格的な論文を書いたことがない高校生にとっては難しいテーマだったかも知れません。しかしながら、生成AIを使って論文を作成することができる現在、今のうちにこのテーマについて学んでおくことは有益なことです。No.16で示した東京大学出版会「大人になるためのリベラルアーツ 思考演習12題(石井洋二郎著 藤垣裕子著)」の問題提起に書いてあるポイントは以下のとおりです。「学術における画像のコピペは研究者共同体内での研究遂行の誠実さと信頼に対する不正である」「しかしながら、コピペは手間を省き、心理的および倫理的障壁の低下も生んでいる」「学術では「差異」を強調するオリジナリティが重要であり、その「差異」の協調のために他人の論文を「引用」の形で示さなければならない」「それは自分の論文の主張の根拠づけ、説得のための「資源」である」「引用は「資源」であると同時に自分の論拠の立ち位置を示す「コンパス」でもある」「理系ではデータの再現可能性が肝要であり、プロセスを記述すること、後続の人がもう1回やってみて追認できることが大事である」「理系の論文は「新しい事実」を実証するためにかかれているのに対し、文系の論文は「新しい解釈」を提示するために書かれる」「理系論文は「ほかの誰がやっても同じ結果に到達できる」、文系論文は「他の誰がやっても同じ結果には到達できない」」ざっとこんな感じです。

 私自身、思い返すと、卒業論文を作成している際に担当教授と何度か途中経過の口頭試問があり、未完成の論文を見てもらう機会がありました。その時に、教授から「この表現は引用しましたね。ちゃんと引用をつけてください。」と簡単に見抜かれてしまいました。ほんの1,2行なので大丈夫かと思っていましたが、浅はかな行為でした。当時はインターネットが普及していなかったので参考文献を取り寄せて読み、自分の論文テーマの根拠となり得る個所をメモしながら仕立てていくので今のように簡単にコピペすることはできませんでしたが、論文全体の表現からするとその部分だけ「浮いて」いたのでしょう。また、単なる「まとめ」や「感想」では論文にならず、「オリジナリティ」をいかに強調するかが重要という点において、テキストを読んでみて今では書くこともない論文について改めて考えさせられました。

 そして、今回のリベラルアーツの探究授業で素晴らしいと感動したことがあります。3学年主任から「生徒から文系と理系の両方の意見を聞きたいからクラス単位ではなく、文系クラスと理系クラスを混ぜて欲しいと要望がありました。」と報告がありました。これは、生徒自身がこのリベラルアーツを自分事として捉え、積極的に学ぼうという意思の表れだと思います。論文自体を書いたことのない高校生にとって、具体的に話し合うことは難しいと思いましたが、文系クラスの生徒と理系クラスの生徒では観点が異なり、お互いの意見を聞くことによってより考えが深まったようです。日本は明治以降、海外の知識・技能を効率的に学べるように文科系と理科系に分け教育を進めてきましたが、海外では自然科学、人文科学、社会科学の3つの学問分野に大別されるのが一般的です。近年、文理融合が日本でも叫ばれるようになってから、従来の学部学科を学際系で編成する大学も出てきました。高校でも文理の枠組みを超えた教育活動である「教科横断的な学び」を取り入れ始めています。その一つが探究活動です。今回、3年生自らの意思でクラス混合で話し合いたいと要望があったということは不動岡高校の探究活動が新たなステージに向かっている証拠だと感じました。今後が楽しみです。

5月9日(木)進取の気風No.33「楽しいひと時」

 曇り後晴れ最高気温18度。不動岡生が机に向かっている最中に大変申し訳なかったのですが、昨日は18時30分からパストラルかぞ大ホールで行われたスターダスト・レビューのコンサートに行って来ました。FMわたらせ開局1周年記念スターダスト☆レビューツアー「ブギウギワンダー☆レビュー」ア・カペラ&アコースティック編と題されたコンサートです。スターダスト・レビューはおよそ2,500回もライブやコンサートをやってきたというベテランのバンドです。加須市役所にお勤めの同級生がこのイベントに関係していてチケットを予約してくれました。隣りの座席には同級生のM君がいました。彼は高校時代に音楽部で、バンドでオフコースの楽曲などをそれは上手に歌っていました。コンサート中は私語厳禁ですが、同窓会を企画しましょうということになりました。

 スターダスト・レビューのボーカルである根本要さんは、皆さんもご存じのとおり不動岡高校の卒業生です。それからベースの柿沼清史さんも羽生出身の同級生です。根本さんは1957年生まれの行田市出身で、私より8歳年上の88回生です。私の1つ上の兄と同期なので驚きです。この代は棒高跳びでインターハイに出場したS先生もいらっしゃいます。根本さんの担任が剣道で有名な(怖い)Y先生と知ってまた驚きました。根本さんたちは高校入学後にバンドを結成し、熊谷市の八木橋百貨店地下にあったライブハウスで活躍されていたそうです。巧みな話術が有名でコンサートでは長くしゃべり過ぎることがばしばあり、昨日のコンサートでも実に愉快な話をしてくれました。特に、高校時代の話とゆかりのある加須の話には腹を抱えるほど笑いました。例えば、物理のS先生の音叉の実験での話や雨の日に二人で相合傘で登校した時の話。また、コンサート中にファンからのメールも紹介してくれました。中学時代にスタレビュの曲を聴いてファンになり、不動岡高校出身と聞いて自分も不動岡に行きたいと思い必死で勉強したという120回生の女性の話など。観客も不動岡高校卒業の年配の方が多く、コンサートが終わって出口に向かう間、隣に座っていたM君と剣道のY先生の話をしていたら、隣りから「何回生だい?」と声をかけられ、96回生ですと答えると「自分は市長と同じ87回生だよ。」と話してくれました。

 スターダスト・レビューが本格的に流行りだしたのは私が大学生を卒業した頃です。「夢伝説」という曲は後にJR高崎線行田駅の発車メロディにもなりました。「トワイライト・アヴェニュー」「今夜だけきっと」「木蓮の涙」など名曲も沢山あります。昨日のコンサートでは「今夜だけきっと」を観客全員と一緒に歌いました。以前、不動岡高校生に呼ばれてコンサートもやってくださったそうで、不動岡高校愛がいっぱいのバンドです。YouTubeで簡単に見られますので勉強の合間に是非聴いてみてください。

 不動岡生は今どんな曲を聴いて、好きな歌手やアーティストは誰なのでしょう。その時代によく聴いた曲を歳を取ってから聴くとその頃のことを思い出します。皆さんはまだ若いからよくわからないと思いますが、音楽とその時代は常に一緒です。ある時からテレビのドラマのバックミュージックで私の若い頃によく聞いた曲が流れるようになりました。おそらくプロデューサーたちが同じ年代の人たちなのでしょう。きっと皆同じ思いを持ってその頃のことを懐かしく思っていたに違いありません。そう言えば、高校時代にSonyのウォークマンというポータブルのカセットプレーヤーが売れました。イヤフォンをして好きな曲を聴きながら夜中に勉強していた人も多かったと聞いています。集中できるよと言われて私もやってみましたが、逆に集中できず、更にテスト中にわからない問題が出て焦りながら一生懸命に考えているとその時に聴いていた曲が頭の中でリピートし問題が解けなかったという苦い思い出があります。私には「ながら勉強」は向いていませんでした。今ではスマホがあれば簡単に好きな曲を選んで聞くことができます。不動岡生の皆さんは曲とどんな付き合い方をしているのでしょう。さすがにPVを見ながら勉強はできませんね。私たちの時代は今と比べればまだまだ不便な時代でしたから勉強に集中できたのかも知れません。今日は午後から晴れるようです。最近は天気が悪くて早朝の応援合戦(団ダンス)の練習が思うようにできません。各団はどんな曲で踊ってくれるのでしょうか。

5月8日(水)進取の気風No.32 「もう一つの学び」

 曇り後雨最高気温20度。本校にはPTAで活動しているサークルが2つあります。PTAフランス語サークルとPTA華道サークルです。両方とも月に2回のペースで活動をしています。フランス語サークルの活動目的は「本校の特別非常勤講師ナビラ先生にフランス語の文法や基礎を学び、シャンソンを歌うなどして会員の楽しい交流の場とする」、華道サークルの活動目的は「華道古流の講師、加庭陽子先生に現代華の基本型と応用の基礎を学び、生け花の鑑賞眼を育てる。また、会員の楽しい交流の場とする。」とあります。共通していることは「会員の楽しい交流の場とする」ということです。お子さんが不動岡高校に通っていたことが縁で未だにつながりを保ち、楽しみながら学んでいるというのは本当に素晴らしいことだと思います。学びの本来あるべき姿なのだと感じます。

 華道サークルでは、毎回、校長室に作品を飾ってくださいます。昨日は10年間もこの華道サークルに通っている唯一の男性会員の方が作品を飾ってくださいました。ソケイ(モクセイ科)、アルストロメリア(アルストロメリア科)、スターチス(イソマツ科)を使った作品(写真参照)です。私は花の名前すらわかりませんでしたが、色合いがとても良く調和が取れていると感じました。4つの胡蝶蘭とともに校長室を華やかにしてくれています。

 華道、茶道、柔道、剣道…「道」がつくものは実に奥が深いものです。武道は勝敗がつくので素人でもどちらが強いのかわかりますが、それでも剣道でお互いに構えている時に対戦相手が「隙がない」と感じる境地は未だにわかりません。「道」は先人が修行、鍛錬を重ねて技を磨き、基本となる「型」を作り、それが現在にも生きている世界、かの千利休が「利休道歌」で唱えた「守破離」の世界です。「守」は師や流派の教え、型、技を忠実に守り、確実に身に着ける段階、「破」は他の師や流派の教えについても学び、良いものは取り入れて変化させながら更に発展させる段階、「離」は属する流派から離れ、個性を発揮し、独自の新しいものを生み出し確立する段階です。せめて華道の基本を知っていれば、鑑賞する眼を持つことができるのでしょうが、まだまだ華道サークルの活動目的の域にまで達していないですね。美術でも音楽でも「知ること」「学ぶこと」により自分はできなくても鑑賞するという楽しみが増えるものです。それが「教養」というものなのでしょうが、人に深みを与え、人生をより楽しむことにつながるのだと思います。

 不動岡生は授業の予習・復習、定期考査の勉強、そして受験勉強と忙しく、部活動もあるのでなかなか他のことには手をつけられません。今はそうであっても社会人になってから学べることは沢山あります。不動岡生の先輩たちの中にも芸術の世界、創作の世界で名を残した方が数多くいらっしゃいます。折を見て(調べて)、皆さんに紹介するとしましょう。

 

 

5月7日(火)進取の気風No.31「文系にとっての数学」

 雨最高気温21度。ゴールデンウィークが終わりました。本日から授業が再開、今月には中間考査、その後学校祭があります。一気に忙しくなります。GW中、風が強かった昨日だけ特に予定はなくゆっくりと体を休めましたが、この間、ほとんど加須市内で過ごし、観光地を訪れたりすることはありませんでしたが、試合の応援や演奏会などでどこか遠くに行かなくてもとても充実したGWを過ごすことができました。目標にしていた本3冊読破は達成できませんでしたが。

 さて、私が高校時代の不動岡高校は3年生になると国立文系クラス、私立文系クラス、理系クラスに分かれ、理系クラスの中に男子クラスがありました。私は国立文系クラスで数学は「数学Ⅰ」「数学ⅡB」まで勉強しました。当時、共通一次試験で「数学Ⅰ」を使うので1年生で学ぶ「数学Ⅰ」は私文クラス以外は3年になっても勉強していましたが、「数学ⅡB」は国立文系の2次試験で使う大学と使わない大学に分かれます。「数学ⅡB」には「微分・積分」が含まれます。文系にとって、この微分・積分を制覇できるかが大学選びの大きな鍵でした。

 ところで、中学時代から学んでいる数学(もちろん小学校時代の算数からですが)ですが、高校時代に数と計算、因数分解と学んできて、教科書通りに進み、公式も暗記し、問題集や参考書をこなし、当時はそれなりに勉強したと思いますが、「なぜ、これを学ぶのだろう?」という疑問は常にありました。数学の先生は、今これにつまずいたらこの先どんどんわからなくなるぞ!と叱咤激励してくれるのですが、この先に一体何があるのか、今学んでいることが何につながっていくのかという視点が全くなく、ただひたすらに問題集を解いていました。

 社会人になっても「数学コンプレックス」を払しょくできず、制覇できなかった「微分・積分」の世界を味わいたいという気持ちがどこかにありました。ある時、「東大の先生!文系の私に超わかりやすく数学を教えてください!(かんき出版)」を購入しました。東京大学教授の西成活裕先生が書いた著書です。中学・高校で挫折したオトナのための最速・最短(6日間!)でやり直しができる本です。中学数学の「3つのゴール」を目指すと3年間で習う単元がほぼすべて学び直せる!という見出しに心を動かされました。目から鱗の内容なので詳しく記したいところですが、2日目の章の冒頭に書いてあることをまとめてみます。数学は大きく「数や式」「グラフ」「図形」の分野に分けられ、最終的にこの3つの分野がわかれば大学の数学でどんな研究でも始められるそうです。その3つとはそれぞれ①数や式=代数(アルジェブラ)②グラフ=解析(アナリシス)③図形=幾何(ジオメトリー)で、数学のゴールはそれぞれ①二次方程式②微分・積分(中学は二次関数)③ベクトル(中学はピタゴラス(三平方)の定理、円周角、類似)です。西成教授は、微分・積分は人類が生み出した最高の知恵であり、高校の微積分でつまずいたのは、中学の「二次関数」を理解できていなかったからでしょうと書いています。二次関数や二次方程式を知らないと「微分積分」も「ベクトル」も途中で行き詰ってしまいます。更に、西成教授によると、数学が苦手な人は「数学の意味がわからない」さらに「何がゴールなのかわからないまま授業が淡々と進む」ことが、高ハードルになっているそうです。料理にたとえると、先に作るもの(例えば肉じゃが)を教えてもらえたら、作っていく行程にも見通しがつけやすい、ただ、「ジャガイモ、人参、玉ねぎを乱切りにして」「牛肉を炒めて」「水入れて煮込んで」とその行程だけを指示された通りにやっているだけでは「カレーを作っているのかな?」程度にしか感じません。味付けして初めて、これは肉じゃがだったのかということになりかねません。数学も料理もゴールから逆算するのがベストだと言っています。

 整理してみましょう。①数と式では、中学時代に学んだ「文字を用いた式の四則演算」「式の展開と因数分解」「連立方程式」「二次方程式」「平方根」が高校で「式と証明」や「複素数と方程式」へとつながり、②グラフ(関数)では、「一次関数」「二次関数」そして「微分・積分」「指数関数・対数関数」と続きます。③図形は中学の「円周角と中心角」「三平方の定理」「図形の相似」、高校の「三角比」「図形の性質」、これがグラフ(関数)と連動して「図形と方程式」「三角関数」へと発展し、「平面ベクトル」と「空間ベクトル」を学んでいきます。その他、資料の活用という分野で「確率」や「標本調査」「データの分析」「場合の数と確率」、そして「統計」へと続きます。不動岡生には数学は苦手だとか、文系だから数学は捨てるなどと言わずに「微分・積分」の世界を高校時代に味わってほしいと思います。ポイントは二次方程式と二次関数。中学時代の積み残しがあったら今のうちに復習してみてください。1年生諸君、今を頑張って乗り切ってください。明るい未来が待っています!もちろん、2,3年生も数学を諦めるのはまだまだ早いですよ!

5月5日(日)進取の気風No.30「いつか大舞台へ」

 晴れ最高気温30度。こどもの日。午前中はサッカー部の公式戦の応援のため栗橋北彩高校まで行って来ました。特別にベンチに入らせてもらいました。1回戦杉戸高校4-3、2回戦栗橋北彩高校に1-1延長1-0と勝ち進み、この庄和高校戦に勝てば県大会出場という大一番です。前半は0-0で折り返し、後半開始後すぐに相手の巧みなパスからのシュートで1点を取られてしまいました。ほんの一瞬のプレーでした。その後、何度かゴールまでボールを進めるも残念ながら試合は終了してしまいました。1点を返せず、悔しい敗退です。

 私はサッカーの戦略はわかりませんが、3人の顧問がボードを使いながら指示し、流れを変えるべく話し合って選手を交代しました。ベンチにいると臨場感と緊迫感があり、外で応援する雰囲気とは違った経験ができました。進学校として限られた練習時間でチームを仕上げ、選手たちも自分の役割を果たすべく一生懸命に頑張ったと思います。特に後半早々にビハインドとなり、次第に焦る気持ちが出てくる中、我慢して集中を切らさずにいました。しかしながら、容易にシュートを打たせてくれなかったということは相手の庄和高校が一枚上手だったと言わざるを得ません。私も女子バスケットボール部の顧問をしていたのでよくわかりますが、劣勢になった時はプレーしている仲間とベンチで応援している仲間が声を出して自分たちを鼓舞しないと流れが変わりません。顧問だけの力ではどうしようもないことが試合中に起こります。そんな時に、良い意味での「脳天気」で負けていても勝利を信じて元気に声を出す選手が1人いると緊張が和らぎ、勢いを取り戻すことがあります。チームにはとても貴重な存在です。サッカーに限らず、球技には必要です。我こそはとそんなチームメイトになってくれる選手が不動岡高校から出てくると良いと思います。

 午後は吹奏楽部の第54回定期演奏会に行って来ました。パストラル加須に行くのも久しぶりです。ご丁寧に特等席の来賓席に案内してくれました。午前の「動」に対し、午後は「静」です。本格派である吹奏楽部の楽曲にただただ酔いしれました。曲目が終わって拍手が起こる前のほんの一瞬の静寂は部員と観客が一体になった瞬間に感じます。OBOGが運営に携わり、えんじ色のジャケットに身を包んだ2,3年生、まだ制服の1年生が日頃の練習の成果を存分に発揮した定期演奏会でした。3部制でマーチングも披露し、ダンスも踊って観客を楽しませてくれました。この笑顔の陰にはどれほどの苦労があったのでしょう。パート別の練習も大変だったに違いありません。振付を覚えるのも一苦労だったでしょう。技術や技量は人それぞれ異なるでしょうし、吹奏楽に対する考え方や価値観も違うでしょう。これだけの大所帯ですから、おそらく人間関係も含めて順風満帆だった訳ではないはずです。「信心響伝」がテーマだそうです。自分と仲間を「信」じ、「心」に「響」く最高の音楽を奏で、想いを「伝」えようという意味が込められているとパンフレットに書いてありました。30人の3年生たちが先輩たちから受け継いできた伝統をしっかりと表現し、後輩たちに身をもってそれを伝えた演奏会でした。辛く大変だったことを全く顔に出さず、見事に笑顔で締めくくりました。今日一日、運動部と文化部に顔を出しましたが、不動岡生には大舞台に立ってもらいたい、晴れ舞台で活躍してもらいたいと強く思いました。日頃から支援し応援してくださっている保護者の皆様に厚く御礼申し上げます。

5月4日(土)進取の気風No.29 「資料展示室」

 晴れ最高気温28度。みどりの日。今日も良い天気です。午後1時から学友会の方々が「不動岡」資料展示室の片づけをしてくださいました。記念館にあった貴重な資料を移動してそのままになっていたものをどのように展示するか、また貴重な資料をどのように保管するか長い間話し合ってきたようですが、まずは現存する棚などを活用してレイアウトから変えてみようとなったようです。私も手伝いに参加しましたが、古い資料が段ボールにしまわれたまま保管されている状態でした。角田守良学友会会長の指示のもと重い資料をみんなで運び、掃除もしました。午後4時30分まで頑張りましたが完全には終わりませんでした。

 不動岡生の皆さんは、学習室の前、美術室の横にあるこの資料室が一体何なのかずっと不思議に思っていたに違いありません。教科研究棟1階の1等地にあるこの資料室をいかに現役の不動岡生のため、そして卒業した学友のために活用しもらうかが今回の整理の大きな目的です。ただの「開かずの間」のままでは勿体ないですから。本来ならば、これだけ貴重な資料があるのでお金をかけてでも博物館並みに展示できるようにしたいと学友会の方々は考えていました。また、展示するだけでは資料が劣化するので貴重な物を保管できる設備も必要であり、資料室を管理する学友会事務局の在り方も議論されました。

 私は、不動岡生の入学時にオリエンテーションとして不動岡高校の歴史を学ぶ、偉大な先輩方の功績を知ることはとても大切なことだと思います。そうすることで不動岡生としての誇りと、現役の3年間で不動岡高校に新たな歴史を刻んでいこうという意欲を持ってもらえると思うからです。

 同級生のU君とポプラ並木の懐かしい写真のパネルを見つけ、一緒に飾り付けをしました。ポプラ並木を伐採した時に記念として残された切り株の上に3枚のパネルを飾りました。入口付近にレイアウトしたので廊下から容易に見ることができます。やはり私くらいの年代は不動岡高校と言えば、このポプラ並木です。年配の卒業生が訪れて昔を懐かしむことができるように古いアルバムも閲覧できるようにしてあります。不動岡高校の本当の良さは卒業してみないとわからないのかも知れません。でも、現役の今は不動岡高校の良さがわからなくてもよいと思っています。不動岡高校を懐かしく思えるのは、現役時代に過ごした3年間に思い入れのある生き方ができたかどうかです。今、この高校でともに学び、ともに喜びや悲しみを分かち合い、そして今しかできないことをしてください。不動岡高校に対する想いは人それぞれ違うと思いますが、ふと高校時代を懐かしめる場所があるということはとても良いことです。学友会の皆様に心から感謝いたします。

5月3日(金)進取の気風No.28 「平和」

 晴れ最高気温25度。憲法記念日。本日は角田加須市長から加須市合併15周年記念第15回加須市民平和祭にご招待いただきました。利根川河川敷緑地公園で10時から開催される式典でしたが、ジャンボこいのぼりがお目当てのご家族連れが多く、道路は渋滞で到着がギリギリになってしまいました。受付を済ませようとすると「のんぺ校長!待ってたよ!」と中学校の同級生が迎えてくれました。小学校時代の懐かしいあだ名で呼ばれ、45年以上前に一気に戻りました。加須市役所に勤めている同級生が他にもいて記念撮影までしてしまいました。ご紹介をいただいた方々にご挨拶をしていたら手持ちの名刺がなくなってしまいました。油断してました。

 式典では、小学生による平和都市宣言、中学生による平和作文発表、市民合唱団体による市民平和合唱がありました。「平和」には2つの意味があります。一つは「安らかにやわらぐこと。穏やかで変わりのないこと。」英語ではthe state of being calm or quietです。peace of mind「心の平和、平和な心、穏やかな心」というように使います。もう一つは「戦争がなくて世が安穏であること。」です。平和というと「戦争」を想起します。中学生の平和作文の中でも、ロシアによるウクライナ侵攻、ガザ地区でのイスラエルとパレスチナとの紛争について触れられていました。また、加須市平和都市宣言の中にも「平和の大切さを忘れることなく継承し」「平和な社会を築くことを誓い」とあります。自分だけ、自分の家族や身の回りの人たちだけが平和ならそれで良いのではなく、平和な社会を築く一員となること、そして、現在、戦争や紛争の真っただ中にいる人たちのことを思い、自分に何ができるのかを考えることの重要性を感じました。ちびっこもたくさんいた合唱団が「こいのぼり」を合唱しました。「こいのぼり」の家族は実に平和で幸せそうです。何よりこの青空の下、幼稚園児からご年配の方から成る合唱団が歌う「こいのぼり」を聴けること自体が平和なのだと感じました。

 5月3日は憲法記念日。この祝日には毎年、憲法改正の世論調査結果がニュースになります。毎日新聞の調査では改憲賛成が27%、反対が52%という結果でした。これは憲法ひとくくりにした場合の結果ですが、条項によってはその割合が違います。日本国憲法の何が議論されているのか、その背景は何なのか高校生も一国民として考える良い機会だと思います。

 予定されていた1回目のジャンボこいのぼり4世の遊泳は、残念ながら風が弱すぎるためうまくいきませんでした。このジャンボこいのぼりは全長100メートル、重量は約330キログラムで、風速4メートルないと空に舞い上がらないそうです。少しの間だけでも大空に舞うジャンボこいのぼりを見たかったですね。青空におおらかにゆったりと舞うこいのぼりは圧巻に違いありません。集まった市民の多くは2回目の遊泳を期待して待っていましたが、私は学校に戻りました。途中、午前中の部活が終わって駅に向かって歩く、日傘を差した女子生徒たちの集団の横を車で通り過ぎました。何気ない一瞬にも平和を感じました。中庭では、青空の下、3年生たちが団旗完成に向けて精を出していました。

5月2日(木)進取の気風No.27 「団長挨拶」

 晴れ最高気温21度。本日は霞ヶ関にある国立教育政策研究所に行って来ました。一般社団法人教育環境デザイン研究所理事で東京大学生産技術研究所リサーチフェローの白水始氏に面会するためです。白水先生は学習面における認知科学をご専門にされており、知識構成型ジクソー法に関しては長年に渡り埼玉県教育委員会と連携されてきた方です。この度、白水先生に全英連(全国英語教育研究団体連合会)埼玉大会の基調講演を依頼することとなり、ご挨拶も兼ねて、講演内容についての打ち合わせをするために行って参りました。学者であり実践者でもある白水先生は引き出しが多く、そしてその引き出しの1つ1つが大きいことに大変驚きました。質問をすると関連したエピソードや学説等をわかりやすく話してくれました。読んだ著書の内容をかいつまんで説明ができるということはそれだけ理解している証拠であり、頭の回転の速さ、鋭い洞察力には感動すら覚えました。知識をひけらかすような素振りは全くなく、コミュニケーションを大切にされる方なので、いつまでも話をしていたいと感じました。

 学校に戻って、放課後に体育祭実行委員長・副委員長・委員と各団の団長全員が挨拶に来ました。団長一人一人がとても個性あふれる自己紹介をしてくれました。全員が立候補して団長になったそうで、私からは団長というリーダーとしての役目として、①一人一人に気配り・目配りすること②団長自ら恥ずかしがらずに弾けて盛り上げること③決して内輪受けにならないようにすることの3点をアドバイスしました。団長たちからは正式な選手宣誓の前に余興があるので校長にも参加して欲しいと要望されました。そんな伝統があったかなとは思いましたが、コンプライアンスに引っかからない程度に頼みますよと了承したところ、大変喜んで全員で記念撮影することになりました。不動岡生らしい一面が見られてほのぼのとした気持ちになりました。

5月1日(水)進取の気風No.26「失敗」

 曇り後雨最高気温19度。今日から5月に突入しました。7時30分頃からぽつぽつと雨が降り出しました。昨日もせっかくジャージに着替えたのに雨が降り出して体育祭の練習ができませんでした。体育祭は5月30日(木)です。雨の場合は翌日の31日(金)に順延、それでもできなかった場合は延長しないことになっています。続く6月1日(土)と2日(日)に文化祭があるからです。天気には逆らえませんが、体育祭から始まる学校祭に完全燃焼してもらいたいと願っています。

 5月号の「広報かぞ」という市便りをいただきました。角田守良市長が毎月書いていらっしゃる「市長コラム」で私のことについて触れてくださいました。4月4日に加須市役所にお邪魔してご挨拶させていただいた際に交わした会話の内容です。不動岡高校は古くから加須市と深く関わりを持ってきました。現在、そして未来においても加須市の発展に寄与し、「加須市に不動岡高校あり」の存在感を保ち続けることの重要性を感じています。

 「広報かぞ」を読ませていただくと、「加須のITSUZAI」欄にある洋画家の小林辰也さんの記事に目が留まりました。日展で10回以上入選され会友の資格もお持ちの方です。お恥ずかしながら存じ上げませんでしたが、昭和15年のお生まれで80歳を超える今も精力的に活動されています。その記事の中で小林さんは「絵を描いている途中で、失敗したと思うことは何度もあります。でもそのたびに、描き方や色づかいを変えるなど、くじけずに思い切ってやってみる。そうして、失敗を乗り越えられたときの喜びが、やりがいとなっています。これからも『迷ったらやってみる』ことを大切に、自分が本気になれる絵を、楽しみながら描き続けていきたいです。」とおっしゃっています。

 誰にでも失敗はあります。くじけそうになったり、諦めたくなったりすることは誰にでもあります。そして、失敗を恐れて果敢に挑戦することを避け、「失敗しない」ように無難に事を進めることを意識するようになってしまいます。もちろん、同じ失敗を繰り返すことは、そこから何も学んでいないことなので戒めなければなりませんが、それでも若いうちは失敗を恐れず挑戦して欲しいと思います。リスクがあることを承知のうえで、成功した時の状況を頭に描き、自分を信じて挑戦して欲しいと思います。小林さんの「失敗を乗り越えられたときの喜びが、やりがいとなっています」というお言葉には頭が下がります。不動岡生も若いうちは小さくまとまらず、迷ったら思い切ってやってみてください。

 4月30日(火)No.25 進取の気風「生成AI考」

 曇り最高気温24度。GW前半が終了し、この3日間は通常授業です。この連休中に各部活動の大会がありました。全ての大会等に応援しに行くことはできませんが、日ごろの成果を遺憾なく発揮し最善を尽くしてくれていることと思います。

 今日の読売新聞朝刊1面に「生成AI考 第2部悩める現場1⃣」という記事がありました。卒業論文や感想文など生成AIを不正利用した例は今までにも報告されていましたが、日常生活に生成AIの利用が急速に拡大している現在ではこの問題を解決することは難しい。私は、教育の分野にも生成AIを取り入れていく必要はあると思っています。教材研究も生成AIをうまく活用すれば効率的ですし、生成AIから得られる視点により議論が深まることもあるからです。しかし、学校現場を預かる者として留意しなければならないことがあります。記事の中で東京大学の酒井邦嘉教授(言語脳科学)が次のように述べています。「思考を深めるには、相手の意図を組みながら対話をし、自分の考えを揺さぶる必要がある。意図もなく文を合成するだけのAIで代用できるものではない。生成AIが本当に子供の思考力を育むのか学校は立ち止まって精査すべきだ。」正解をすぐに教えてくれる生成AIに頼り切りになると、思考力や想像力の低下につながる恐れがあります。私は、酒井教授が指摘する「思考を深めるには、相手の意図を組みながら対話をし、自分の考えを揺さぶる必要がある」という言葉に共感します。相手の言うことを気にしたり、忖度したりするという意味ではなく、相手の意見や主張をしっかり受け止め、自分の考えと比べながら、更に自分の考えを深めていくプロセスが思考力の育成につながっていくのだと思います。これは、まさに不動岡高校が長い年月をかけて作り上げてきた探究活動の柱となっているものであり、今、3年生がやっているリベラルアーツの授業の神髄であります。早く結果を出すことが優先される現代において、じっくりと思考する時間を作ることは大切なことです。生成AIに振り回されず、生成AIを有効に活用する側になるために私たちはどうするべきでしょうか。不動岡生も一緒に考えていきましょう。

4月27日(土)28日(日)進取の気風No.24「負けた時こそ」

 4月27日(土)曇り最高気温23度。土曜日授業でした。朝方は少し雨が降りました。1時間目はLHRで学校祭関係をやっており、上の階から盛り上がる声が聞こえてきました。2限目からは授業で、本日も中学生の親子で見学にいらっしゃいました。午後からはPTA・後援会新旧役員会でした。主に5月11日(土)に行われるPTA総会の打ち合わせでしたが、規約の改定など細かく確認しました。ご多用の中、役員の皆様、ありがとうございました。

 

 4月28日(日)晴れ最高気温28度。今日はバスケットボール東部地区予選の会場校です。8時前に学校に着きましたが、バスケ部員が駐車場係で東門を入ろうとした時に声をかけられました。「すみません。関係者の方ですか?」やはりそうきましたか。あえてすぐには返答せずに「おはよう」と挨拶すると、「あ、先生だ!」4週間経ってようやく認識されるようになってきたようで安心しました。

 体育館のステージに行くと、バスケットボール部OBOG会の若林会長がはるばる熊谷から試合を観戦に来ていました。その後、2つ下の後輩で埼玉大学女子バスケットボール監督の松本教授も試合を見に来ました。目的は応援でしたが、昔話に花を咲かせてしまいました。

 第1試合は、男子で対戦相手は東部地区優先2位の越谷西高校。不動岡らしい攻撃もありましたが、相手のゴール下を抑えられず力負けしてしまいました。第2試合は女子で東部地区優先6位の春日部女子高校でした。第3ピリオドで逆転しましたが、第4ピリオドの10分間うまく流れをつかめず逆転負けを喫しました。

 この後、急いで野球部の応援に上尾に行きました。開始時間は11時30分なので途中からの応援です。対戦相手は川越西高校。これに勝つと初の県シード獲得です。駐車場に到着すると不動岡高校の校歌の声。コールド勝ちで試合に間に合わなかったかと思いましたが、7回のエールの交換でした。応援部、チアリーダー部、野球部OB、保護者、先生方…大勢で暑い日差しの中応援しました。応援部も暑い中よく頑張って声を張り上げていました。しかしながら、前半のリードも空しく残念ながら逆転を許し負けてしまいました。

 勝負には「たら」「れば」はありません。あの時、シュートを決めていれば…、あの時、三振に抑えていたら…。勝ったならば、勝ったなりの理由が、負けたなら負けたらなりの理由があります。しかし、それは誰かのせいではなく、責任を追及しても無意味なことです。不動岡生ならば、負け試合から何を学び、明日からどうすべきかを考え、みんなで前を向いて諦めず進むことの重要性を知っているはずです。「嬉しい」の反意語は「悲しい」ではなくて「悔しい」だと思います。特に勝負事はです。「悔しい」気持ちをばねに次を頑張って欲しいと思います。不動岡高校の名を冠したユニフォームを着て真剣勝負ができるのは今しかありません。下を向いている時間はないですよ。

4月26日(金)進取の気風No.23「統計データ」

 晴れ最高気温27度。日中は暑くなりました。今日は午後から前任校である岩槻高校の離任式に参加しました。離れてひと月も経っていないのに、最近まで一緒に仕事をしていた教職員や生徒たちに会うのが照れくさく感じるとともに何だかとても懐かしい気分になりました。それは、私がこの1か月で不動岡高校の人間になったからでしょう。岩槻高校はたった2年しかいませんでしたが、私のやれることは全力でやり切ったと言える高校でした。体育館では3年生たちが私の挨拶に反応してくれて嬉しかったです。安心です。もう思い残すことはありません。

 さて、皆さんは総務省統計局が作ったe-Statという政府統計の総合窓口と称するポータルサイトを知っているでしょうか?www.e-stat.go.jpを入力するかe-Statで検索すると出てきます。各府省が公表する統計データを一元的に、さまざまな形で提供しているサイトです。国や民間企業等が提供している主要なデータをグラフで提供したり、地域のボタンをクリックすると統計のランキングデータが簡単に示せたり、各種統計データを地図上に表示して視覚的に統計を把握できる地理情報システムがあったり、とにかくあらゆる統計情報を入手することができます。

 統計データをいかに分析し、いかに活用するかを学ぶことは、文系・理系を問わず大変重要となってきます。不動岡生はFACTFULNESS(ファクトフルネス)という本を読んだことがありますか?「10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣」という副題がついています。メディアセンターにありますから手に取ってぜひ見てみてください。私たちがいかに事実を知らないか気づかされます。この本は世界的視野で書かれていますが、まずは日本や自分が住んでいる地域のことから調べてみるのも良いでしょう。統計データを活用すると見えなかったことが見えてきます。そのためにはどのようにデータを活用するのかを知ることが大切です。「なるほど統計学」のサイトにアクセスすると統計を読み解く上で必要な幅広い知識を知ることができます。高校生向けの上級編もありますのでやってみると将来役立つことも多いと思います。だまされたと思って時間があったらアクセスしてみてください。ゲームをやるよりずっと楽しいですよ。興味ある人、ではなく不動岡生は全員一度はアクセスして欲しいサイトです。

4月25日(木)進取の気風No.22「小論文に挑戦」

 晴れ最高気温28度。昨日と打って変わって暑い一日。廊下を歩いているとジャージ姿に着替えた女子生徒が「おはようございます」と挨拶してくれました。ニコッと微笑みながら挨拶してくれたので思わず「おはようございます。良い笑顔ですね。」と挨拶を返しました。その女子生徒は満面の笑みを浮かべて「ありがとうございます!」と言って去っていきました。ほんの一瞬の出来事でしたが、さりげない挨拶で気持ちの良い朝を迎えることができました。爽やかな天気に爽やかな笑顔。すがすがしい一日です。体育祭の応援合戦練習に気合が入っているのか楽しそうな声が聞こえてきました。

 今日の6時間目は先週の続きで3年生のリベラルアーツの探究授業でした。前回は「グローバル人材は本当に必要か」という文を読んで、グループワークで意見交換、グループごとの発表でしたが、今回は一人一人が自分の考えをまとめて400字以内の小論文にするという内容でした。考えたことを文章にすることは思いの外難しいものです。私も挑戦して、全く違う考えの小論文(感想?)を2つ作ってみました。3年生の皆さん、遠慮なく評価して意見を聞かせてください。

(その1)

 資料の「産学官によるグローバル人材の育成のための戦略」にある「産」「学」「官」の思惑を読み取る必要がある。産業界からすれば、日本企業は世界の企業相手に対応できる優れた人材が必要であろうし、教育界からすれば、そのためにも英語を始めとする語学力やコミュニケ-ション能力の育成が急務であろう。政府からすれば近年、中国、インド、韓国の海外、特にアメリカへの留学生が増加しているのに対し、日本人留学者が減少し続けている現状に懸念を抱いているはずだ。このままでは日本が国際社会で遅れをとることは明確であり、「人材」という言葉が使われることも国と産業界からの意向であれば納得はできる。

 以上のことから、日本が世界で生き残るためにもグローバルな視点や考えを持ち、世界で活躍できる日本人を育成することは必要だと考える。ただし、グローバル人材の育成が一部のエリート教育につながらないようにすべきである。(390字)

(その2)

 私は、資料の「産学官によるグローバル人材の育成のための戦略」に違和感がある。なぜなら、産業界と政府が文部科学省に提言している構図にしか思えないからだ。「人材」という言葉は、日本の企業や国のために役立つためのもの、「育成」という言葉は産業界と政府が求める人材を学校で「製造」するという意味に感じてしまう。著者が例に挙げた中村修二や南部洋一郎は、日本のため、日本の産業界のためにノーベル賞を獲ったわけではなく、グローバル人材になるよう教育されたわけでもないはずだ。我々が他国の言語や文化、歴史、世界の経済や国際関係等を学ぶことは重要であり、グローバルな視点や考えを持ち行動できる日本人に育てることが、本来、教育の役割であると思う。グローバル人材とは育成されるものではなく、結果としてグローバル人材だと評価されるものであって、そもそも必要とか不要とかという範疇にはないと考える。(386字)

4月24日(水)進取の気風No.21「大谷語録」

 雨16度。朝から雨で肌寒い一日でした。今日は朝から出張で浦和高校に行って来ました。正門から入るとちょうど体育の授業中で、雨の中ですが校内を懸命に走っていました。浦和高校は体育祭も含めて全ての行事を雨天でも決行することが伝統ですので、このくらいの雨は大したことはないのでしょう。走りながら、息を切らせながら、「こんにちは!」と挨拶する浦高生にも感心しました。不動岡高校は、今日は水曜日なので7時間授業。こちらも天候に左右されることなく不動岡生は黙々と授業・部活動・学校祭の準備に勤しんでいます。

 さて、4月21日(日本時間22日)ドジャースタジアムにてドジャースの大谷翔平選手がメジャー通算176号ホームランで松井秀樹選手を抜いて日本人メジャーリーガーの最多記録を更新しました。世界で活躍する一流の選手の考え方や行いには感銘することが多く、大谷語録も度々ニュースになっていますが、今回、あるウェブニュースに掲載された記事に目が留まりました。それは高校時代の大谷選手(当時18歳)の寮生活を取材した時の記事を抜粋したものでした。大谷選手の部屋には彼の目標としている選手、憧れている選手の写真が飾られており、毎日見て目標にしていたそうです。もちろん、その写真の中には松井選手のものもありました。ただ、写真だけではなく、壁に貼られた紙に書いてある言葉が一流なのです。

 「真剣だと知恵が出る。中途半端だと愚痴が出る。いい加減だと言い訳ばかり。」

 こんな言葉を18歳の高校生が発するのかと衝撃を受けました。この言葉を不動岡生に勉強と結び付けて言うつもりは毛頭ありません。社会人である私にも深く心に刺さる言葉なのです。校長としての自分を振り返った時に、ついつい愚痴を言いたくなる場面もあったり、出来ないことの言い訳を先に考えることもあったりしましたが、そんな時に果たして目の前にある状況に真剣に向き合ったのか、知恵が出るほど真剣に考えたのかと反省させられました。不動岡生の皆さんはこの言葉が自分に向けてのものだとしたらどう思いますか?ちょっと考えてみるのも良いと思います。

4月23日(火)進取の気風No.20「受験記」

 曇り最高気温19度。随分早い時期に進路指導部の担当教員が受験記の巻頭言を書いて欲しいと過去の受験記を持って校長室にやってきました。ゴールデンウィーク明けまでにお願いしたいとのこと。高校時代の私は浪人したので残念ながら書く側にはなりませんでしたが、かなり昔から受験記を発行していて、それが現在までしっかりと続いているというのはちょっとした驚きでした。校長室には2012年度からのバックナンバーが置いてあったので手に取って見てみると、歴代校長は3ページ近く巻頭言を書いています。しかも在任期間中、毎年度内容を変えています。3年生だけではなく、全学年に配布されるものなので去年の使いまわしという訳にはいかないところが辛いところです。校長の巻頭言なんて読み飛ばされるに決まっていると思いながらも執筆を始めたら、意外と一気に書いてしまいました。書き終わってから、また歴代校長の巻頭言を読んでみると、驚いたことに結構同じようなことを書いていました。具体的な受験勉強の方法は合格した卒業生に任せるとして、校長に共通しているのは、現役生に対する「エール」です。ただ、エールの仕方が校長により違う、というか個性があるのであって、これから受験する3年生への熱い想いは一緒です。私の想いは実際に「受験記」を手にするまで秘密ということにしておきましょう。

4月22日(月)進取の気風No.19「解のない問い」

 小雨後曇り最高気温18度。本日は月曜日。7限目まである一日。さて、不動岡生にとって週初めは憂鬱なものなのでしょうか?土日が大会などで忙しくて宿題や予習に十分時間が取れず、朝起きても気分が乗らない人もいたかも知れません。もしそうだとしても、本来、宿題や予習はやること自体が目的ではなく、授業でより深く理解するためのものだから、今まで以上に50分間集中して積極的に授業を受ければ良いのです。そもそも宿題が終わらせるためだけの「作業」になってしまっては意味がありません。

 ところで、ここ数年、「解のない問い」という言葉がよく使われます。Society5.0の時代を迎え、変化が激しく、今までに考えたこともない先の読めない時代を生きていくためには、唯一の正解がない問題に向き合い、最善策を選び出していく力が求められていると言われています。常に「正解」を求めて知識中心に勉強してきた日本人にとっては大転換です。不動岡高校では、探究活動を重視して教育課程に位置づけていますが、大学入試に必要な学力とともにどのように育成するべきかまだ試行錯誤が続いています。

 ふと、何年か前に読んだ「人生を面白くする本物の教養(出口治明、2015年 幻冬舎新書)」の一節を思い出しました。ロンドン在住の出口氏の友人が現地の学校に通っていた12歳の娘さんから宿題の相談をされたそうです。その宿題とは「中世に、サセックス地方の裕福な農家へ嫁いだ女性が書いた日記があった。その農村を仕切っていた地主の執事が書いた記録もあった。それから、19世紀にその時代の農村を調べたオックスフォード大学の教授が書いた『サセックス地方の中世の農家の形態』という論文もあった。この3つを読むにあたって、どういう点に注意すればよいか。」というものでした。その友人はあまりの難しさに内心引っくり返ってしまったそうです。不動岡生の皆さんはどう考えますか?こういう時は問題文をよく読んで、問題作成者の意図をよく考えることです。とはいえ、私も全くわかりませんでした。

 苦し紛れに娘さんに「おまえはどう考えているんだ?」と聞いたところ、娘さんは「嫁いだ女性が書いたことには嘘がないと思う。村で起こったことがありのままに書かれているだろう。でも、自動車も電話もない時代だから、自分の目で見える狭い範囲のことに留まっていると思う。地主の執事が書いた記録は、おそらくより多くの年貢を取りたいという気持ちが働いているだろうから、作物の収穫量などを加減して書いている可能性がある。それを含んで読まねばならないと思う。それからオックスフォード大学の教授の論文は客観的なように見えても、どこかで自分の学説に都合のいいように脚色されている恐れがある。だから頭から信じないようにした方がいいと思う。このように答えようかと思っているんだけれど、お父さん、どうかな?」と言ったそうです。いやぁ、イギリスの教育は恐るべしですね。出口氏の友人が目を丸くしている姿が思い浮かべられます。書いてあることを「ふむふむ」と素直に受け入れて疑問に思わない、そして、大学入試に関係すると思えば懸命に暗記するという勉強法に慣れた日本人にはなかなかできない発想だと思います。この後、娘さんの先生は授業で「正解」を言うのでしょうか?おそらく唯一の正解はないと言うでしょう。他の考え方があるかも知れません。根拠や理由を明示して自分の考えを持つ、それを論理的に説明する…、探究活動だけではなく普段の授業の中でもうまく取り入れたいですね。

4月20日(土)進取の気風No18.「応援」

 曇り時々晴れ最高気温26度。今日は不動岡高校が女子バレーボール東部地区大会の会場校となりました。先日、女子バレーボール部の部長と副部長が校長室まで組み合わせ表を持って来てくれました。これは「ぜひ応援に来てください」という無言のお願いだと思い、早い時間から不動岡高校に向かいました。東門から駐車場に車を停めると駐車場係をしていた不動岡高校の部員が駆け寄って来て「すみませんが、関係者の方ですか?」と尋ねてきました。係としての責任ある行動に感心しましたが、保護者か一般人に間違われてしまったのだとすぐにわかりました。「あの-、不動岡高校の校長です。」「あ、ほんとだ。す、すみません。」「バレー部の応援にと思って…。」「あ、どうぞ…。」「ちなみに名前は憶えていますか?」「す、すみません…。」いいんです。気にしてません。まだ3週間ですから。

 試合までに時間があったので校長室で仕事をしていると、隣りの応接室で野球部OB会があるということでOB会会長からご挨拶をいただき、夏の大会の応援で使えるようにとオリジナルタオルをくださいました。その後、同級生で野球部だったN君が校長室に来てくれました。

 女子バレー部の対戦相手は松伏高校でした。人数が少なかった女子バレー部は1年生の加入により大会に出場できました。前日にエースが足首を捻挫するというハプニングがありましたが、怪我を押して試合に出場しました。本校の教員も応援に駆け付け、「質実剛健」の女子バレー部の応援旗のもと保護者の方々とともに応援しました。残念ながら敗退してしまいましたが、何度もナイスプレーがあり、劣勢時の修正能力の高さも伺えました。このチームはまだまだこれからです。「文武両道」を貫いてください。どの部活動も応援しています!

 中庭の階段下ではB団とC団が団旗の作成を始めていました。

4月19日(金)進取の気風No.17「強風の中」

 晴れ最高気温21度。一日中、強い北風が吹いていました。そんな中でも8時には生徒たちがジャージに着替え体育祭の練習をしています。今日はいよいよ3年生たちによる後輩たちへのダンス指導が始まりました。後輩たちにとって強風にめげない3年生の先輩たちが頼もしく思えたことでしょう。

 中庭の階段下にブルーシートを張り、そこで各団旗の作成が始まっていたのですが、強風によってブルーシートの一部が飛ばされていました。放課後は修復作業を終え、これから本格的に絵柄を入れていくことになります。今年の体育祭ではどんな団旗が披露されるでしょう。今から楽しみです。

 この団旗作成も不動岡高校の伝統の一つです。私の頃は、教室いっぱいに広げても足りないくらいの大きさの団旗でした。元となる写真やポスターに方眼紙のようにマス目を作り、大きな白い布に墨つぼ等を使って同じ数のマス目を書きます。1つ1つのマス目に元の写真やポスターの同じ位置のマス目を拡大して書き込んでいくと全体が出来上がります。3年の時はクラスに美術部の部長と副部長がいて、私たちの団旗は当時NHK朝の連続ドラマ「おしん」の主役を務めていた女優田中裕子さんの絵柄でした。その出来栄えは実に見事なもので、作成した団旗は朝のNHKニュースで取り上げられました。美術部の部長だった級友は、クラス全員が作成に関われるようにと部活動でなかなか協力できなかった者にも、「最後のこの部分はこのペンキで塗って」と手伝わせてくれました。体育祭当日は強風のため長い竹竿で掲げた団旗がまるで帆船の帆のようにパンパンに張って危険なので、泣く泣くナイフで切れ込みを入れて風を通しやすくし、難を逃れました。強風の中、ふとそんなことを思い出しました。

4月18日(木)進取の気風No.16「リベラルアーツ」

 曇り後雨最高気温20度。今日は5時間目の時間に3年生のリベラルアーツの授業がありました。これは新教育課程になってから不動岡高校が学校設定教科にして取り入れた探究活動であり、正解のない問いに果敢に挑戦し、協力して解決に向けて取り組む姿勢を育むことを目的としています。大学入試に関係ないように思えるでしょうが、思考力を鍛え、根拠を持って自分の意見を持ち、自分の考えを理路整然とまとめて伝える力は、いわゆる難関大学の入試問題を解く上で必要な力です。テキストとして東京大学出版会「大人になるためのリベラルアーツ 思考演習12題(石井洋二郎著 藤垣裕子著)」を使っています。教員も試行錯誤しながら、このリベラルアーツを深めていくことになります。

 本日の問いは「グローバル人材は本当に必要か」でした。問題提起の文章を各自が読み、論点を整理する。それをグループワークで討論、発表するものでした。私などは、そもそも「グローバル人材は本当に必要か」と問いを立てること自体が不思議だと感じました。グローバル人材が必要なのは当たり前ではないかと思っていたからです。しかし、問題提起の文章の中で著者は「グローバル人材」の定義、更には「人材」という言葉の妥当性から深く掘り下げ、普段は気にも留めなかった事柄を「思考」する題材に変えています。critical thinkingと言えるもので、何も考えず受け入れるのではなく、批判的な見方を加えることで見えなかった視点から物事を捉え直すことを狙っているのでしょう。生徒たちは他の意見を聞くことで自分にはなかった視点に気づき、更に自分の考えを深めるという経験をすることができたと思います。しかし、それだけではこのリベラルアールは終わらないと思います。モヤモヤした自分の考えをクリアにし、それを文章にまとめることの難しさを来週味わうことになるでしょう。また、何でも教えたくなってしまう。自分の意見を披露してしまいたくなってしまう教員にとってはコーディネーターに徹する難しさを感じたことでしょう。生徒にも教員にも学びのある取組だと思っています。

4月17日(水)進取の気風No.15「紙と電子」

 曇り後晴れ後雨最高気温23度。私はiPadを持っていませんが、iPadの便利さには本当に驚きます。iPadがあればノートが要りません。電子ペンでそのまま書き込めます。だからノート提出なんてことも必要なくなるでしょう。

 「東大生のノート」に関する著書が流行した時期がありました。東大生が高校生の頃、どんなノートを作っていたのか実物が掲載されているのです。共通しているのは、ただ板書を奇麗に写してまとめているのではなく、自分が覚えやすいようにアレンジし、更に先生が板書していない説明などがメモしてあることです。そして、必ずページにスペースを空けていました。復習する時に書き込めるようにしてあるのです。大切なことは、そうしてまとめたノートを何度も見返し、更にメモ等を加えてグレードアップしていくこと。まとめただけではノートの良さが半減します。

 高校の頃は電子辞書がなかったので、紙の英和中辞典を使っていました。持ち運びが不便なので、学校用と家用で2冊同じ辞書を持っていました。何度も使うと調べた単語につけた赤鉛筆の線が増え、めくるページに手垢がついて開きやすくなってきます。使いこなして汚れた辞書は勉強した証であって、辞書を見ればどれだけ努力しているのかわかる勲章のようなものでした。

 今ではiPad一つで調べ物も簡単にできるし、動画や画像などを見て自分で勉強をどんどん進めることができます。有効なアプリを使いながら効率よく勉強することで時間を節約することができ、節約した時間を他のことに使うことができます。今ではノートや紙の辞書がiPadに変わり、そのiPadに手垢がつくことはありませんが、ICT技術を有効に活用することで学び方も随分変わってきました。電子と紙のどちらが優れているのかという観点ではなく、「使いこなすこと」の大切さに私は着目しています。まあ、iPadを持っていない私にあまり説得力はありませんが…。

4月16日(火)進取の気風No.14「講演」

 曇り後晴れ最高気温23度。今日は午後から生徒指導講演会。本校は午後の2時間を連続で使って、サイバーセキュリティ、薬物乱用防止教室、交通安全教室を連続して一気に行います。それぞれ、埼玉県警、加須警察の専門の方に講演をお願いし、一部の生徒はFホールに集まり、残りの生徒は各教室でオンライン視聴をしました。

 教員になってから研修で専門の方による講演に参加する機会がたびたびありました。ワークショップ形式で参加型の研修もありますが、大体90分近く椅子に座って話を聞きます。優等生に聞こえるかもしれませんが、私は大抵知り合い同士にならず、一人で前列に座ります。特に著名人の時はそうします。長年の研究や自分が経験し得なかった未知の世界を参加者にわかりやすくまとめて話をしてくださる機会を無駄にするのは勿体ないからです。講演を聞く時は、常に質問を考え、メモを取るようにしています。講演が終わった時に司会者が質問の時間を設けてくれますが、質問がないというのは講演者にとっては失礼なことです。ですから、質問は大抵するようにしています。後日、講演者の著書を購入して更に考えを深めることもあります。大切なのは自分事として捉え、自分だったらどうするだろう、この講演の内容をどのように生かしていくべきなのだろうと考えることだと思います。

 これから不動岡生の皆さんも講演を聞く機会があると思いますが、受け身の姿勢ではなく、積極的な姿勢で講演に臨んでください。質問は何も講演会だけのものではありません。どうぞ遠慮なく授業中にも質問をしてください。質問は決して恥ずかしいことではありませんし、迷惑なものでもありません。能動的に授業を受けている証拠です。質問で先生を困らせるくらいの不動岡生であって欲しいと思います。

4月15日(月)進取の気風No.13「始業前」

 晴れ最高気温26度。不動岡高校の朝は実に早いのです。6時30分には昇降口が解錠されるので朝早く学校に来て勉強する不動岡生がいます。部活動との両立を図るため、朝型に切り替え自分のペースを作っています。保護者のサポートあってのことだと思いますが、「継続は力なり」であって、努力を続けることができること自体が「能力」「才能」だと思います。これは大学入試のためだけではなく、一生大切にして欲しいことです。

 8時前になると外が騒がしくなります。体育祭で披露する応援合戦の練習です。青ジャージに着替えた3年生たちが団ごとに集まり、全員でダンスの練習をします。振付のリーダーたちを先頭に列を作って黙々と練習しています。まず、3年生たちが振付をマスターし、それを2年生、1年生に教えていくのです。新型コロナウィルス感染症の影響で中止や自粛が余儀なくされた学校行事が再開し、途絶えそうになった伝統をしっかりと受け継ぎ、そして後輩たちへと繋げています。1学期に体育祭と文化祭を連続して行う不動岡高校の学校祭に3年生たちは全エネルギーを注ぎます。完全燃焼してください。

 不動岡生たちの切り替えは早く、8時35分からのSHRに間に合うように撤収。体を動かし、頭もすっきりしたところで、さあ、3年生たちよ、1時間目から張り切って勉強してください!

4月13日(土)進取の気風No.12「ポプラ並木」

 晴れ最高気温22度。今日は今年度最初の土曜日授業でした。隔週で4時間の授業をするのですが、この土曜日授業は公開となっており、在校生の保護者や中学生とその保護者が自由に校内を見て回ります。

 校長室の前に飾ってある古い校舎の航空写真をじっと眺めていらっしゃる保護者がいました。声をかけると昔いた頃をその写真で思い出していたそうです。今はポプラ並木はなくなりましたが、それは不動岡高校を象徴するものでした。初めて不動岡高校に来た時、ポプラ並木の美しさに感動したことを今でも覚えています。

 今から14年前の2010年(平成22年)、台風の影響で2本が倒木し、ポプラの樹齢(1965年植樹)を考えると地震等で倒れた樹木が校舎を破壊してしまう恐れがあるということで伐採することが決まりました。伐採されたポプラの樹を材料にした額が校長室前に飾られています。手で触れるとポプラの樹のぬくもりが伝わってくるようです。

 確かにあの頃見ていた風景と今は違います。しかし、ポプラへの想いは今でも不動岡高校に息づいています。不動岡高校新聞の名称は「ぽぷら」です。校内英語スピーチ大会名はポプラカップ。女子バレーボール部が中学生を招待する大会名はポプラ杯。長い歴史の中で変化するものはありますが、いつまでも変わらないもの、変わってほしくないものもあります。そんな不動岡高校の魂みたいなものを現役の不動岡生も守り続けてください。

4月12日(金)進取の気風No.11「セレンディピティ」

 曇り後晴れ最高気温19度。今日は午後から出張でした。加須駅から浦和に向かいましたが、私の高校時代の加須駅はこんな立派なものではありませんでした。駅前もずいぶん変わりました。小さい時から好きだったコロッケ屋さんもなくなって久しいですが、もう一度食べてみたいと今でも思っています。

 ところで、私が北部地区の男子校に勤めていた頃、当時、新入生の春休みの国語の宿題は外山滋比古氏の「思考の整理学」のレポートを書くというものでした。ちくま文庫1986年第一刷発行です。既に40年近く前の本でありながら改めて目を通すと今でも通用する内容に驚きを感じ得ません。いつ読んだのかは覚えていませんが、所々に赤いボールペンで線が引いてあります。皆さんはセレンディピティという言葉を知っていますか?素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見したりすること。また、何かを探している時に、探しているものとは別の価値があるものを偶然見つけること。イギリスの小説家ホレース・ウォルポールが生み出した造語だそうです。外山氏のセレンディピティという題目の章で過去の私が線を引いていた文は「教師も脱線を遠慮するには及ばないのである。われわれは、そういう気軽な話のうちに多くのことを自らも学び、まわりのものにも刺戟を与える。」でした。そう言えば、授業で何気なく先生が言っていたことはよく覚えているものです。ちなみに校長の話は、…残念ながら覚えていません。まあ、そんなものです。皆さんも、今、授業中にセレンディピティに遭遇しているのではないでしょうか?もしかしたらまだ皆さんは気づいていないだけなのかもしれませんね。そんな出会いをぜひ不動岡高校で経験してください。

4月11日(木)進取の気風No.10「本」

 晴れ後曇り最高気温18度。1年生はオリエンテーション。クラスごとに校内を回り、担任から説明を受けていました。図書館オリエンテーションでは1人1冊本を借りていました。どんな本を借りたのでしょう。

 4月1日の職員会議で図書視聴覚部主任から本の貸出率が低いという報告がありました。ある先生からは不動岡生たちは勉強が忙しくてゆっくりと本を読む暇がないのではないかという話を受けました。私も高校時代そんなに沢山本を読んでいたわけではありませんが、男子の多くは学ランのポケットに文庫本を一冊入れて、休み時間などに読んでいました。当時、級友の1人が芥川龍之介のファンで、彼は必ず芥川の文庫本をポケットに入れていました。どういうわけか彼の学生証の顔写真は芥川龍之介の顔写真でした。彼は軽音楽部でロックンローラーという一面がありましたが、大学は文学部でした。また、同級生のある女子はエミリー・ブロンテの「嵐が丘」を読んでいました。文庫本でも結構分厚いものです。地元の本屋さんでアルバイトをしていた女子大生から、高校時代にしか読めない本もあるよと言われて買ったそうです。現役で東京外国語大学に行きましたね。

 第124回生の卒業記念品であるしだれ桜はまだ満開です。例年になく開花時期が遅れ、クラス写真を撮るには絶好の機会です。しだれ桜の花の淡いピンク色をバックに黒の制服が良く映える記念撮影でした。

4月10日(水)進取の気風No.9「朝の挨拶」

 晴れ最高気温17度。1年生はスタディ・サポート、2,3年生は授業が始まりました。新しいクラス、新しい教科書と担当の先生。ワクワクしますね。

 今日は、朝早く校外に出て、登校中の生徒に挨拶をして回りました。所々で立ち止まり、生徒たちに「おはよう!」と声をかけました。まだ見慣れない校長から挨拶されて戸惑いを隠せない様子でした。私の頃は地元出身の自転車通学者が多く、電車通学者がそれほど多くなかったので、加須駅から大勢で高校に向かうことはありませんでした。時代も変わり、住民に迷惑をかけないように1年生と2,3年生の通学ルートを分けています。学校の前の国道は自動車の交通量が多いけれども信号の合図通りに通学している生徒に特に危険はありません。ただ1つだけ気になることがあります。青信号は歩行者優先でありますが、左折しようとしている車のドライバーは、早く渡ってもらいたいと思っているに違いありません。特に、加須警察署前の交差点は時間によっては込み合います。青が点滅してもゆっくりと歩くのではなく急いで渡る、時にはドライバーに譲る心遣いを持つ不動岡生であってもらいたいですね。

 学校に戻る途中、諏訪神社の桜がまだ奇麗でした。境内は昔のまま。記念にスマホで写真を撮って学校に戻りました。

4月9日(火)進取の気風No.8「ドイツ研修報告」

 雨後曇り最高気温20度。放課後に、ドイツ研修に参加した生徒のうち代表者2人が校長室で報告をしてくれました。これは第2外語国語としてドイツ語を選択した生徒対象の研修です。生徒たちはiPadで写真をスライドにして現地の様子を生き生きと話してくれました。単なる観光ではなく、ドイツの文化や歴史を自分の目と耳で確かめ、先進的に取り組んでいる環境問題など多くの学びがあったようです。現地の同年代との交流も印象深かったようで、「この人は15歳なんです!」とスライドの男性を指さしました。日本人からしたらずいぶん大人びた風貌に驚きを隠せないあどけなさにほのぼのとした気持ちになりました。

 確かに欧米の高校生は日本の高校生と比べて精神年齢が高いと思います。independenceを重んじる欧米社会では、自分の力で生きていくことを若いうちから学んでいきます。陸続きになっているヨーロッパでは民族問題や宗教問題も含めた社会問題は若者たちにとっても他人事ではありません。短い期間ではありますが、直に肌で感じ取ったものは今後生徒たちの人生に何らかの影響を与えてくれものだと思っています。

4月8日(月)進取の気風No.7「校歌を声高らかに歌う」

 曇り後雨最高気温21度。本日は、新入生と2,3年生徒の対面式がありました。司会から運営は全て生徒会役員が行いました。体育館の南側と北側にそれぞれ2年生と3年生が並んで中央を開け、そのスペースに1年生が入ってくるという流れ。対面式の校長挨拶では、「1年生の皆さん、真の不動岡生になるためには、まずは、わが母校の校歌を覚えましょう。加須市(旧騎西町)出身で國學院大學長を務めた河野省三氏作詞、東北大学や名古屋大学の校歌も作曲した明治の作曲家である楠美恩三郎氏作曲の校歌を声高らかに歌えるようしっかり覚えてください。そして、最後に、これから3年間ともに過ごし、ともに切磋琢磨する無二の親友を作ってください。」と伝えました。

 対面式終了後は、音楽部による校歌披露、吹奏楽部による校歌練習、応援部による校歌と応援歌指導がありました。何回、校歌を歌ったことでしょう。腹の底から思い切り声を出して、久しぶりに歌った校歌は格別なものでありました。午後からは部活動紹介。1年生はどの部活に所属するでしょうか。運動部であれ、文化部であれ、不動岡高校の誇りを持って活動してください。

 午後にはちょっとしたサプライズがありました。始業式の校長講話の最後に、「どうぞ遠慮なく校長室に遊びに来てください。」と話したところ、3年生の女子生徒3人が訪れてくれました。2年生の時の同級生で3年になってからは別々のクラスだそうです。昔の不動岡高校の話などで楽しいひと時を過ごしました。

4月6日(土)進取の気風No.6「春の交通安全週間キャンペーン」

 曇り後雨最高気温15度。10時30分からヤオコーの駐車場の一角で加須警察署主催の春の交通安全キャンペーン開式がありました。例年、本校の吹奏楽部が参加して、オープニングを華やかに飾るのですが、今回はダンス同好会も参加して見事なコラボレーションを見せてくれました。肌寒い一日でしたが、部員たちは集まってくださった観客の皆さんに喜んでもらえる素晴らしいパフォーマンスを見せてくれました。そう言えば、ダンス同好会では男子は一人だけ。是非とも後輩の男子を増やしてください。

 最後に、特別に白バイに乗せてくれるというので生徒の前で跨って写真を撮り、少しはしゃいでしまいました。お恥ずかしい…。

4月5日(金)進取の気風No.5「デビュー」

 雨後曇り最高気温13度。不動岡高校は本日から1学期が始まります。午前中は着任式と一学期始業式。新2、3年生とは初めて顔を合わせました。

 唯一記憶のある体育館。ステージに上がり、司会の「礼」の合図によりゆっくりと頭を下げる。顔を上げると、私に焦点を絞った2,3年生の視線。新しい校長を静かにじっと見つめています。

 簡単な自己紹介の終わりに「勝負」をかけました。「私は昭和59年3月卒業の96回生です。96回生だけに大変『くろう』した学年でした。先生方が…。」生徒の反応は全くありませんでしたが、何人かの先生方が苦笑してくれました。この日は不動岡高校の校訓について問いながら、校長講話を終えました。

 午後は、モーニングに着替え、第139回入学式に臨みました。不動岡高校の入学生に対する式辞で伝えたいことは毎年変わるわけではないので来年度も同じ話をするかも知れませんが、不動岡高校新聞「ぽぷら」に掲載された記事を抜粋します。「ケネディ大統領のAsk not what your country can do for you. Ask what you can do for your country.(国が諸君に何をしてくれるかを問うな。諸君が国に対して何をできるかを問え)という言葉を紹介し、新入生に向けて『唯一無二の高校の生徒としてたくましく生き、自分から何ができるか考え、不撓不屈、質実剛健の精神と志を持って3年間を過ごしてほしいです。』とエールを送った。」

 見事に要約して記事にしてくれています。不動岡高校の長い歴史と伝統は受け継ぐだけではなく進化させるものでもあります。新入生には不動岡生としてのプライドを持ち、不動岡高校の新たな歴史を築いていって欲しいと思います。

4月4日(木)進取の気風No.4「挨拶まわり」

 曇り最高気温21度。午前中に田中聖人加須警察署長と角田守良加須市長を訪問しました。角田市長は本校の学友会会長でもあります。私の二人の兄のこともよくご存じでした。加須市役所を訪れたのは何年ぶりのことでしょうか。帰り際にいきなり「関根君?」と大きな声で呼び止められました。高校時代の同級生でした。加須市役所は地元不動岡の卒業生が多く、彼女も市の重要なポジションで働いています。旧姓を思い出せなくて、帰宅してから久しぶりに卒業アルバムを開きました。

 加須市内を回っていると、昔と変わらない風景に出会うことがあります。少しだけ足を止めて過去の記憶と重ね合わせます。今日会った同級生もお互いに変わってしまったところはあるにせよ、アルバムの中のあの頃と重ね合わせると止まっていた「時」が今につながって「線」になったような不思議な感覚になります。今日はそんなことを思う一日でした。

4月3日(水)進取の気風No.3「お世話になった方々より」

 曇り後雨最高気温14度。私が教頭時代にお世話になった元校長からも胡蝶蘭をいただきました。「『校長が変われば、学校が変わる』を体現してきた関根校長先生 御栄転おめでとうございます。健康一番で、一層愉快に校長職をお勤めされることを祈っています。大きな拍手で。」とメッセージまでつけてくださいました。校長としては、浦和工業高校、岩槻高校、そして不動岡高校と3校目ですが、学校の顔は校長ではなく、やはり生徒たちです。そして、学校の顔を育ててくれるのは先生方。保護者の方々ともに校長としてできることを精一杯やらせていただくだけです。

 もう一人の元校長にも電話をし、昔話に花を咲かせました。日本画を趣味にされている先生で毎年日本橋で個展を開いています。なかなか顔を出せず申し訳ないのですが。

 不動岡高校には私が若かった頃にお世話になった先生方が何人かいらっしゃいますが、本日はその先生方が校長室に足を運んでくださり、懐かしい話から現在に至るまでの話を熱く語ってくれました。

4月2日(火)進取の気風No.2「懐かしのうどん」

 晴れ最高気温20度。不動岡高校バスケットボール部OBOG会会長、高校時代の恩師から豪華な胡蝶蘭が届き、お礼の電話をしました。武正章第30代校長に続き、不動岡高校卒業の校長として就任したことへ恐縮するほどのお祝いのお言葉をいただきました。本当にありがたいです。

 午後から出張があったため、学校前のTうどんで昼をとりました。まだ向かいの高校側にあった頃、不動岡生が大変お世話になったお店です。卒業生の大半が懐かしがる味。昔の学食でも加須名物のうどんは人気でした。自分で茹でるセルフサービス方式でしたね。加須には沢山のうどんの名店があります。それぞれの店で味が違います。不動岡生もたまには足を延ばして地元のうどんを楽しんでください。時が経っても味覚は残っているものです。故郷に戻った感覚です。

4月1日(月)進取の気風No.1「第33代校長就任」

【進取の気風】

 ホームページに「校長日誌」というページを作ってもらいました。私はブログというものをやったことがありません。しかしながら、不動岡高校の校長となり、日々の学校生活の中で起こった出来事を、在校生、保護者、中学生、卒業生、そして先生方にも読んでもらえたらと思い、私の在任中はやってみようと思い切って始めることを決意しました。毎日、更新する自信はありませんし、難しい話を書こうとも思っていません。くだらない内容の日もあるかも知れません。不動岡生たちに勉強の合間にでも読んでもらえたらと思っています。

 本来の本校の校訓は「質実剛健」ですが、長い年月を経て「文武両道」「不撓不屈」「進取の気風」も本校の校風として掲げられるようになりました。その中でも「自ら進んで事をなすこと、習慣にとらわれずに意欲的に新しいことをすること」を意味する「進取」を不動岡生に強く望みたいと思い、タイトルを「進取の気風」にしました。どうぞお付き合いください。

  

 晴れ後雨最高気温18度。豊田清明前校長の後任として本日着任。辞令交付式を終え、職員会で教職員に挨拶。まだ慣れない雰囲気の中、何とも落ち着かない一日を過ごしました。

 今から40年前の昭和59年3月に卒業した96回生である自分にとって、当時の校舎の面影はなく、あるのは体育館(2年生の時に完成)と格技場だけです(プールも以前あった場所です)。1年3組、2年8組、3年2組で学んだ教室の面影はありませんが、昔はここに〇〇があったなぁなどとしばしの間、物思いにふけりました。

 さあ、令和6年度がいよいよ始まります。皆さん、よろしくお願いします。