不動岡高校 校長日誌2024「進取の気風」
3月21日(金)進取の気風No.253「令和6年度終了」
晴れ最高気温18度。1年生も2年生も今の教室と今日でお別れです。本日は、体育館にてグローバルリーダー研修報告会、表彰、終業式、LHRという流れでした。午後からは職員対象送別会があり、異動される先生方を送る会があります。これとは別に3月31日(月)の10時からお別れの会があります。本校では離任式がないので、生徒の参加は任意ですが、Fホールで異動される先生方から最後の話を聞くことになります。
この1年間で不動岡生たちに向けて話をするために講話を何本考えたでしょう。式辞を含めて、入学式・始業式・終業式・行事の挨拶・卒業式、これらに加えて巻頭言もたくさん書きました。校長の話というのはすぐに忘れ去られてしまうものとわかっていますが、その時々に生徒に伝えたいことを言葉にしてきました。今日の終業式では、「わからない世界と向き合うために」(中屋敷均 ちくまプリマー新書)を参考にして話をしました。その一部を掲載します。
「アメリカの実業家である、ジャック・ウェルチという人がこんな言葉を残しています。Control your own destiny, or someone else will.「自ら選ばない者は、他人に支配される」。リスクを前にして立ちすくみ、何かを選ぶことから逃げ続けていると、誰かに支配されてしまうという意味です。だからこそ、この1年間、私は皆さんに、失敗を恐れるな、自分を信じて高みを目指せと言い続けてきました。
そして、第137回卒業証書授与式の式辞の中でスティーブ・ジョブズ氏の言葉を卒業生に伝えました。「あなたの人生は限られている。だから、無駄に自分以外の人間の人生を生きないようにしてください。」「最も大事なのは、自分の心と直感を信じる勇気を持つことです。」と。
私が伝えたかったのは、自分以外の人間の意見や考えに惑わされることなく、最後は自分で自分の人生を決めて欲しい、自分で決めたら迷わず自分の人生を生きていって欲しいということです。私たちにできることは、ベストの選択をすることではなく、「自分の選択をベストにするよう生きていくこと」です。その覚悟こそが、「自分の人生を自分のものにする」ということなのだと思います。これから皆さんは重要な選択に迫られることがあると思います。その時に、私のこの話を思い出してもらえればと思います。校長の話は話した瞬間に忘れ去られるものだということはわかっていますが、私は今、皆さんに確実に伝えました。あとは皆さん次第です。」
それでは、不動岡生の皆さん、4月にまたお会いしましょう。
3月19日(水)進取の気風No.252「デジタル教育を再考する」
雨後晴れ最高気温11度。朝方はみぞれが降っていました。スポーツ大会が昨日で終わって良かったです。本日は午前中が大掃除です。その後、新クラスの発表があり、来年度のクラスと出席番号がわかるので、下足移動となります。1年生は3階から2階へ、2年生は2階から1階へと移ります。また、卒業生が5人来校し「合格体験を聞く会」が実施されます。
まだ令和6年度は終わっていませんが、いよいよ来年度が始まります。そして、午後からはパストラル加須にて入学許可候補者説明会があります。入学式前なのでまだ入学許可候補者という立場ですが、これで不動岡生になる準備が整います。
3月18日付けの読売新聞朝刊1面に「再考デジタル教育 検証中間報告」の記事がありました。デジタル教育を積極的に導入した教育先進国のフィンランドで、子どもの学力低下や心身の不調が顕在化し、見直しの動きが相次いでいるという内容です。記事では「学校教育の根幹にある教科書を、紙からデジタルに置き換えようと突き進む」日本に対して警鐘を鳴らしています。フィンランドと言えば、PISA(国際学習到達度調査)で読解力1位になってから各国の指標となり、フィンランドの教育を研究する国が増えました。日本もその一つです。
フィンランドは読解力だけではなく、数学的応用力も科学的応用力もトップレベルでしたので、生徒が先生の力を借りながら自分自身で問題解決に取り組む自主学習や教科の垣根なく多面的な視点を持たせる教育、何故を追求する授業などが注目されました。また、一人ひとりにタブレットを支給してICT化をどの国よりも早く取り入れたことも特長の一つです。
週20時間もパソコンを使った授業を行っていたフィンランドで、「子どもの集中力が低下し、短気になるといったことが、その頃、フィンランド全体で問題化した。デジタルに偏った教育への懸念が高まった。」という事態となり、紙の教科書に戻ってきているそうです。「紙の教科書は教室に落ち着きをもたらす。」と教育関係者も述べています。また、シンガポールではデジタル端末の配布を止め、韓国でもデジタル教科書の導入推進に歯止めがかかっているようです。「デジタル依存に陥る」「教師と生徒のコミュニケーションを促進するものではない」「未来の教育に必要なものは、AI技術より問題解決能力だ」という現場の声を載せています。
ICT教育、教育のDX化を図り、デジタル教科書を紙と同じ正式な教科書とする政策が提起されている日本は、この現状をどのように捉えればよいのでしょうか。教育の効果は遅れて現れます。実証期間がないので政策がうまくいったかどうかは10年、20年の時間が立たないとわかりません。日本の未来を考えた時、英語とICT技術を若いうちから習得し、世界で取り残されないようにする必要性は大いに感じます。しかし、ICT技術を習得することと学力をつけることは同義ではありません。私は古い人間なので、電子辞書は便利ですが紙の辞書の良さもよくわかりますし、紙の教科書にマーカーを引いたり、メモを書き入れたり、付箋を貼ったりして読み込むことで自分なりに理解することの大切さもわかっているつもりです。今ではペーパーレスが叫ばれていますが、本校の授業を見るとiPadを有効活用しながら、紙のプリントも配布して書き込ませています。先生方は紙の良さをわかっているのだと思います。海外の教育から10年は遅れて、日本に反映されてきます。デジタル化に進む日本とデジタルからアナログに戻す海外。その議論はさておき、現場の教員の肌感覚はあながち外れてはいないと思います。
3月18日(火)進取の気風No.251「スポーツ大会2日目」
晴れ後雨最高気温12度。本日はスポーツ大会の2日目です。昨日はサッカーについては西グランドではなく北グランドで予定通りに実施できました。
本校では行事の運営に関して予定された時間を守ることが重視されるのですが、若い教員が多いので優勝チームと教員チームとのエグジビジョンマッチをやったらどうかと随分前から声をかけていました。教員が怪我をしたら困るのですが、生徒も盛り上がるし教員の士気も高まります。誰かが言いだすのでしょうが、今回は私からバスケ経験者の若手教員一人一人にチームを作るよう声がけをしました。先生方が忙しいのは承知していますが、少しは練習して体を動かさないとぶっつけ本番は怪我が怖いです。一度集まって練習をしたようで、わざわざ報告に来てくれました。まるで私が顧問のようですが、先生たちの間では校長も試合に出るということになっていました。いやいやハードなバスケの試合なんて体によくありません。10年ほど前の教頭時代にバスケ部顧問の送別試合に出場し、左足のアキレス腱を切って4月1日に異動できなかったという苦い経験があるので躊躇しましたが、前任校では少し教員チームで試合に出たので、ここは観念して出場することにしました。
校長がボールを持ったらディフェンスをしてはいけないというルールがあれば良いのですが、生徒たちも教員相手とはいえ本気です。それで良いのです。勝ちにこだわり、教員には負けないという意地を見せる。教員側もそうです。生徒に勝ちを譲るなんてことはしません。40以上も歳の離れた若い生徒たちを相手に本気を出したいのですが、如何せん体が動きません。とにかく体が重いのです。しかし、昔取った杵柄でしょうか、しばらく触っていなかったバスケットボールに慣れてくると感覚が蘇ってきます。こんなことなら普段から体を鍛えておけばよかったなどと後悔しながら久しぶりに生徒の中に入って楽しむことができました。また、生徒たちの笑顔にも元気をもらいました。「校長先生~!」と声援を受けるのも嬉しいものです。
結果は教員チームが勝ちました。バレーボールも教員チームが優勝チームと対戦し、大人の厳しさを思い知らせていました。午後からは会議ですので怪我をしなくて本当に良かったです。おそらく2日後に筋肉痛になるのでしょう。
3月17日(月)進取の気風No.250「スポーツ大会」
晴れ最高気温15度。今日と明日の午前中は後期スポーツ大会です。3年生はいないので1,2年生だけの大会です。男女別でドッジボール、バスケットボール、バレーボール、サッカーに分かれて競技をします。それぞれ、小体育館、大体育館、西グランドに分かれてのトーナメント戦です。有難いことに不動岡高校には体育館が2つあるのでこうして4種目を同時展開で実施することができます。昨日の雨で西グランドの状況次第ではサッカーはなくなります。
私の頃は、バスケ部は引退するまでスポーツ大会のバスケに出場することはできませんでしたので、バレーボールやドッジボールに出ていました。今と違って女子の人数が少なかったのでドッジボールは男女混合チームで、クラスの女子を救うと一時的でしたがヒーローになれたものです。また、学年の枠がなかったので上級生と競技することもありました。部活動の先輩がいるクラスに当たると遠慮がちになりますが、そこは勝負の世界、クラスの勝ちにこだわりました。とは言え、先輩たちはそう簡単には勝たせてくれませんでしたね。
運動の苦手な生徒もいますが、こうしてクラス対抗のスポーツ大会はストレス解消にはもってこいです。黄色い声で応援したり、大声で笑ったり叫んだりすることも、普段は真面目で大人し目な不動岡生の別の一面が見られるのは嬉しいものです。基本的に生徒会や部活動で運営してくれるので教員は少し気が楽です。怪我だけは十分に注意してください。仕事の合間を見て応援に行きたいと思います。
3月15日(土)進取の気風No.249「第137回卒業式」
曇り最高気温12度。第137回生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。卒業式が無事に終わりホッとしている中でこの校長日誌を書いています。私は卒業証書授与で呼名された卒業生の一人一人を壇上から見ていました。目が合うほんの一瞬に「卒業おめでとう」と心の中で伝えました。以下に、式辞の一部を掲載します。
不動岡高校の制服を着るこの最後の日に、皆さんに一つだけ話をします。第三十代校長の武正章先生がその生き方に共感されていた、スティーブ・ジョブズ氏の言葉です。その中から2005年にスタンフォード大学卒業生に向けて述べた、有名なスピーチの一節を紹介します。‟Stay hungry, stay foolish.“は有名ですが、私は次の言葉が一番印象に残っています。Your time is limited, so don’t waste it living someone else’s life. 「あなたの人生は限られている。だから、無駄に自分以外の人間の人生を生きないようにしてください。」ジョブズ氏は続けます。And most important, have the courage to follow your heart and intuition.「最も大事なのは、自分の心と直感を信じる勇気を持つことです。」
皆さんはまだ若い。未来が待っています。しかしながら、人生は一度きりです。今までは家族や教員に守られ、影響も沢山受けてきたと思います。しかし、これからは、自分の生き方は自分自身で決めて、自分の力で人生を切り拓いていってください。人の意見に惑わされず、自分の確固たる意志を持って行動できる人間になってください。今後、皆さんは様々な人と出会い、様々な選択肢が目の前に現れるでしょう。その時に、ジョブズ氏が言うように、他人の考えや既存の理論にとらわれてはいけません。他人の意見が雑音のように、あなたの心の声をかき消すようなことのないようにしなければなりません。自分の心のうちの声を、自分の直感を選ぶ勇気を持ってください。
皆さんは、形はいろいろとあれども、いつかリーダー的存在になるでしょう。自分の人生をしっかり生きている人間は他人をも幸せにできるはずです。この「先行き不透明で答えがなかなか見つからない時代」であっても、高校時代に「千辛万苦」を乗り越えた経験と、「理想を指して進みゆく」姿勢が人生に生かされ、学んだこと、お世話になったことを社会に還元できる人間になるはずです。
卒業は、自分の人生を生きる始まりです。ですから、不動岡高校時代は良かったと思い出に浸る人生は決して送らないでください。常に、今が楽しい、今が最高だという生き方をしてください。不動岡の卒業生で良かったと心から思える日はまだまだ先の話です。今は常に前だけを見て進んでいってください。
式後、第137回生たちは綺麗になった中庭で応援団長の下に集合し、肩を組んで校歌を歌いました。そして全員で記念写真を撮りました。その後は各クラスで最後のお別れとなりますが、まだまだ時間がかかりそうです。教員としてはこうして旅立つ卒業生を見送るのはとても寂しいですが、感傷に浸っている暇もなく新入生を迎えることになります。こうして脈々と不動岡高校は続いてきましたし、これからも続いていくのでしょう。人は別れと出会いを繰り返します。お互いにこれからの新たな出会いを期待しましょう。思い切り自分の人生を生きていってください。
3月14日(金)進取の気風No.248「卒業式前日」
曇り後晴れ最高気温18度。本日は地元の中学校の卒業式です。多くの中学校からご案内をいただいておりましたが、本校も卒業式予行と表彰式、そして学友会入会式がありますので欠席とさせていただきました。中学3年生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。不動岡高校入学許可候補者になられた皆さん、4月7日の入学式でお会いできることを楽しみにしています。早速、春休みの課題があってのんびりできないとは思いますが、始めが肝心です。高校受験が終わりホッとしているところでしょうが「準備運動」だけはお忘れなく。
卒業式会場設営は昨日のうちにほぼ終わりました。卒業記念の紅白幕が綺麗に体育館を彩っています。本校の大体育館は大きい方なのですが、保護者席を十分に確保するため、1,2年生は教室で同時配信を見る形での参加になります。私の頃は10クラスの学年で45人学級でしたから1,2年生が入る余地はありませんでしたが、後輩として先輩たちの晴れ姿を直接見て祝いたい気持ちはよくわかります。何か良い方法があるとよいのですが。
予行では校長は壇上に上がらず学年の先生が代わりを務めました。校長は明日の本番でのみ壇上に上がります。3年生全員の顔を見ることができるのは校長の特権と言えます。呼名の時は卒業生の一人一人をしっかりと見つめますね。
予行後に生徒表彰を行い、3年生はFホールに移動しました。体育館で卒業式会場の最後の仕上げをするためです。その後、学友会会長の角田守良加須市長が中学校の卒業式から駆けつけてくださり、学友会入会式を行いました(不動岡高校の同窓会は学友会と言っています)。角田学友会会長から卒業のお祝いのお言葉もいただきました。ありがとうございました。明日からは同じ学友会の仲間となります。
私は昭和59年3月に不動岡高校を卒業しました。入場する前に体育館の入口前で整列した光景を何となく覚えています。大変申し訳ないことに、小野田義雄第19代校長の式辞の内容は覚えていませんが、同じクラスの元生徒会長が答辞を読んだのは覚えています。彼があんなに真面目に答辞を書いたなんて驚きでしたから。式後、クラスに戻って担任から卒業証書を受け取りましたが、あの頃はわざわざカメラを持ってくる者もいなかったので記念撮影は撮らなかったと思います。三々五々帰るのですが何となくその日が終わることが寂しくて部室でダラダラとしていました。後輩が訪ねてくるなど青春漫画みたいな展開は全くなく、そろそろ帰るかとバスケ部員と自転車で帰宅しました。意外とあっけなく卒業の日は終わりました。
いよいよ明日は卒業式です。3年生の担任の先生方は明日本番の卒業式に向けて準備に余念がありません。思いを込めて一人一人呼名をしてくれるでしょう。卒業生の皆さんも先生方の思いに応えて大きな声で返事を返してください。そして、これが皆さんと歌うことのできる最後の校歌となります。初めて経験する涙の校歌になるかも知れません。不動岡生であることを誇りに万感の思いを込めて声高らかに歌ってください。
3月13日(木)進取の気風No.247「三送会」
晴れ後曇り最高気温21度。本日は3年生が登校しました。午前中に三年生を送る会があるからです。私の頃は三送会なんてありませんでしたが、いつから始まったのでしょう。先生方が出し物をしてくれるなんて私の高校時代では考えられません。生徒としては嬉しい気持ちにもなるでしょうが、逆に、想像すると引いてしまいます。あの頃の不動岡の先生方は山のようにでんと構えた方々ばかりでしたから。その代わりに部活動の後輩たちが校内でお別れ会をやってくれました。卒業記念にトロフィーをもらった記憶があります。
三送会の次第としては、筝曲部・ダンス同好会・音楽部・軽音同好会・書道部・吹奏楽部・2年生創作ダンスと盛り沢山で、途中に抽選会や「あんたが大賞」などの催し物もありました。その後、部活動や3年間の思い出のビデオレター・3学年教員による出し物があり、最後に全員で校歌を斉唱しました。生徒会主催の行事ですが、内容が目白押しでしたが予定より早く正午頃に終わりました。学校祭の開会式よりも盛り上がっていた気がします。
そう言えば、私も教員の頃に初任校で三送会に出ました。あの頃は出たがりだったのでピアノ弾き語りがやりたくて、空き時間に音楽の先生に指導してもらい一生懸命に練習しました。体育館のステージ上のグランドピアノで、スポットライトを浴びて弾き語りを始め、何とか1番を歌い上げると途中から、ギター、ベース、ドラム、キーボードなどの伴奏が加わりました。私は聞いていませんでしたが、他の先生方も練習してくれていたようでサプライズをしてくれました。3年生のための演奏なのに、まるで教員のコンサートのようでした。あの時に送り出した生徒たちも40代後半に突入です。
三送会では校長の出番はありません。もう私は出たがりではありません(ちょっとだけ顔を出しましたが)。先生方は卒業する3年生たちのために何かしてあげたくて仕方ないのですね。入学者選抜業務の合間にいろいろと準備をしていたようです。管理職になったことを悔やんではいませんが、やはり担任の先生方が羨ましいですね。3年生の笑う顔、感動して涙する顔もいよいよ見納めです。
3月12日(水)進取の気風No.246「存在し続けること」
曇り後晴れ最高気温18度。スタサポの2日目です。
午前中は昨年度まで勤務していた岩槻高校の卒業式に出席します。卒業生は私が着任した年に入学した生徒たちです。私とともに岩槻高校に来た生徒たちの卒業をお祝いしたいので参列することにしました。たった2年間でしたが、岩槻高校もとても思い入れのある高校です。春日部高校の分校として始まった岩槻高校は創立75年ですが、令和8年度に岩槻新校になります。慣れ親しんだ校歌も女子生徒から人気のある制服も新しく変わります。岩槻高校の前に勤めた浦和工業高校は3年間いたので入学許可した生徒を卒業式で見送ることができましたが、その浦和工業高校も令和7年度末で66年の幕を閉じます。両校ともコロナ禍を乗り越えてきました。校歌が歌い継がれなくなるというのはとても寂しいものです。その名はなくなっても卒業生としてのプライドを持って社会で頑張って欲しいと思います。
そう考えると来月140回生を迎える不動岡高校の歴史には驚きを隠せません。令和8年度に140周年となりますが、記念誌は作成し、記念講演会は実施するものの大きな式典は予定していません。10年後に150周年があるからです。それでも、1つの区切りとして何かを残したいと思い、中庭の塗装の塗り替えをすることにしました。20数年前に新校舎にした際は綺麗な水色と白色のツートンカラーだった中庭の塗装が剥げ、アスファルトの地の色がかなり目立つようになっていたので、140回生を迎えるこのタイミングで塗装し直したい、できれば卒業する137回生にも見せてあげたいという思いから、高校入試の臨時休業中をうまく使って美しく塗り替えました。途中、雪や雨の天候により完成予定が遅れてしまいましたが、天気が良いと白色が大変まぶしく感じられます。3年生が久しぶりに登校するのももうすぐです。きっと驚くでしょう。卒業式の日にこの綺麗になった中庭で思い出の記念写真を撮ってくれるといいですね。
高校が何年経っても変わらずにあるということは当たり前なことではありません。時代の流れには抗えません。しかし、どんな時代になっても不動岡高校は千辛万苦を乗り越えて存在し続けて欲しいと強く思います。
3月11日(火)進取の気風No.245「熱血教師」
曇り後雨最高気温12度。14年前の午後2時46分に東日本大震災が発生しました。亡くなられた皆様に哀悼の意を表します。
1,2年生は、今日と明日は業者によるスタディ・サポートです。英数国のテストで自分の現在の到達度を図り、どれくらい習得できてるかを認識すること、そして日常生活を振り返り、主体的な学びがどれくらいできているかを確認することが目的です。勉強の指針とすることに重点が置かれている点で模試とは性格が異なります。ポイントは振り返りです。結果だけ見て終わってしまったら意味がありません。その都度、自分自身を見つめ直す良い機会にしてください。
進取の気風No.243で話題にしましたが、工藤勇一氏の「校長の力(中公新書ラクレ)」からの一部を紹介します。「金八先生の功罪」という見出しです。「3年B組金八先生」は1979年からテレビ放映された学園ドラマですが、当時私は中学2年生でした。中学校3年生の時は全国的に校内暴力が問題となっていた時期でしたから、生徒のために戦う金八先生の姿は一種のヒーローでした。今でも覚えていますが、授業中に先生が金八先生はあくまでも学園ドラマであって現実の教員ではないという感じのことを言った瞬間にクラス全員で反発しました。金八先生のような生徒に向き合う熱血教師が善で高校入試のための内申点ばかりを口にする教員は悪のような認識が当時の私たちにはあったのでしょう。
工藤氏も「このドラマは『学校は抑圧的な場所』で『先生の多くは、子どもにとって敵』であるという構図をつくりあげてしまった」「結果として『学校教育に問題がある』というイメージを広く根付かせてしまった」と記しています。校内暴力の時代を経験した教員ならなおさらですが、学校は問題行動を起こさせないように管理的な指導になる一方で、生徒や保護者の視点からすれば、良いサービスをしてくれるのが良い学校・良い教師であり、学校が我が子により良いサービスを提供するのが当たり前、つまり「教育のサービス産業化」が根付いてしまった、「与えられるのを待つ姿勢が当たり前になった人間は、うまくいかないことが起こるたびに、他人のせいにしてしまうようになる」と述べています。
これらは義務教育だけの話でしょうか。私は高校教育の目的は「自立と貢献」だと思っているのですが、この話の流れから言うと、まず「自律」することがスタートラインのような気がします。コロナの3年間を経て随分と変化がありました。私の肌感覚ですが、我慢や辛抱、ストレス耐性というものが以前よりもなくなってきたと感じます。また、語弊があるかもしれませんが、精神年齢も低くなったというか、中学生から高校生くらいだと反抗期の真っただ中のはずですが、素直というか従順になったと感じます。「サービス」を受けている間は、自分で考えなくても事が済みます。責任は「サービス」を与えている側にあるからです。しかし、これでは、指示されたことをこなすことが重視されてしまい、失敗を恐れず挑戦する姿勢が失われてしまいます。
まずは、自分を律する、自分をコントロールできるようにすること。ドラマ「御上先生」は生徒から質問されても「正解」を決して言いません。「考えてみて」「一緒に考えてみよう」としか言いません。生徒自身に「当時者」意識を持たせ、教員はあくまでも支援する立場という態度を貫いています。「サービス」が与えられない生徒たちは「当事者」として考えざるを得なくなります。個人主義的だった生徒たちが自律できるようになると、周囲を慮る、つまり、相手の立場を理解することができるようになり、自立した行動=主体的な行動を取るようになる。御上先生は決して熱く生徒に語りかけません。最初は生徒と距離があった御上先生は生徒から認められて徐々に生徒の中に入っていきます。これは熱く語る金八先生とは異なるタイプの教師像です。私は教師はいろんなタイプがいて良いと思っています。ただ、生徒に当事者意識、自分のこととして考える意識を持たせる教育を行うことは今の時代に最も必要なことだと感じます。
3月8日(土)進取の気風No.244「生徒研究発表会」
曇り後雪最高気温6度。本日は今年度最後の土曜日授業で、生徒研究発表会を行いました。例年、パストラルかぞで実施していたものですが、今年は校内で実施することになりました。午後から中学1,2年生対象の学校説明会を実施することもあり、保護者や中学生といった幅広い方々に探究活動を見ていただき、探究の不動岡をPRしたいと考えたからです。2年生がFホールや各ブースで地域課題研究、異文化理解、理数探究、SDGs探究、津波サミット、ふくしま合宿、保健の各分野の発表をし、それらの発表を聞く1年生にとっては、次年度に年間を通して行う探究活動の具体的なイメージを持つ場になったと思います。本校は三菱みらい育成財団の東日本グランプリを受賞したことから、群馬県立伊勢崎高校の校長先生方など外部からも多くの方々が来校して、生徒の発表の様子を見てくださいました。
生徒研究発表会の開会式の挨拶で以下のようなことを話しました。研究や探究で一番大切なことは問いを立てること。問い立てをする前に、何も知らなければ疑問さえ湧かないので、まずは知ること、徹底的に調べることから始まる。しかし、ここで終わってしまったら、単なる調べ学習。疑問に思うこと、疑うこと、自分なりの発想を持つことが大切。次に大切なのは正解のない納得解を見出すまでの手法。プロセスの中で試行錯誤すること。結果をきれいにまとめて、上手に発表することが目的ではなく、行きつくまでのプロセスで失敗したこと、うまくいかなかったことにどう対処するか、どう乗り越えるかが大切。最後に、研究や探究がsustainable「持続可能」であることが重要。単発のイベントで終わるのではなく、次につながるものであって欲しいと話しました。
発表をする方が注目されがちですが、実は聞く側の「学び」の方が大切だと思っています。今回の発表会の目的の1つに「他団体の発表を聞くことで、多種多様な研究テーマに関する興味・関心を向上させるとともに、探究活動や発表方法についての学びの場とする」とあります。2年生の発表を聞いて1年生が学ぶ、それを来年度も繰り返す。そうすることで探究活動がより発展・進化し、それが不動岡高校の文化となり、他校のまねできない特色の一つになってくれればと思っています。
3月10日(月)は15日(土)卒業式の代休となりますので、校長日誌はお休みとさせていただきます。